のがれる
しがみつくような気持ちで生きていた。
両手を握りしめる感触すらも、支えにして生きていた。
それは祈りのようだった。
失敗なく、迷惑なく過ごせるようにと、
自分に対する祈りであった。
ある日、仕事を辞めた。
十日後にはこの家を出なければならない。
服もソファーもテーブルも捨てた。
(積み上げた本と食器は捨てられなかった。)
職場にはせんべいの箱を送った。
あとはギターを弾いて過ごした。
その日、家に帰った。
両親がいて、妹がいた。
両親はなにも聞かなかった。
聞いてはいけないという道徳を、重んじているようだった。
妹もなにも聞かなかった。
代わりに毎日、宿題を持ってきた。
二回目の月曜日、貯金はあるのか、と聞かれた。
半年分はある、と答えた。
そしてまた始めに戻った。