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言葉は生きづらくさせる

言葉が生まれる前の時代の方がは、もう少し幸せだったのかもしれない。

今回は、鯨庭さんの「言葉の獣」、そして東海オンエアの件を通して感じたことを綴る。

まず二つの事象をつなぐ前に、それぞれを軽く説明する

「言葉の獣」鯨庭

あらすじ


言葉を<獣>の姿で見ることができる共感覚の持ち主・東雲と、詩に強い関心を持つクラスメイト・やっけん。二人はふとしたきっかけから、東雲の持つ“ある目的”の為に協力し合うことに。東雲が<生息地>と呼ぶ場所に獣たちは棲んでいるらしい。言葉の扱われ方によって変化するその場所で、二人は様々な<獣>に出会っていく…。 

気になる方はぜひ


本屋でふと見つけ、手に取った私
アクション系や、バトル漫画が好きな私だが、絵、設定にハマり、続編をとても楽しみにしている

東海オンエアの件

詳しくはtwitterなどで確認していただきたいが、私の中ではYoutuberのしばゆーこと「柴田祐輔」をめぐる、東海オンエアリーダーの「てつや」、そして(元?)妻である「あやなん」間の論争、だと捉えている。


共通していること

「言葉の獣」では、言葉を獣として見える東雲にとって、誰もが同じ「意味」を纏った言葉を発するのではなく、一人ひとりがそれぞれの「意味」を見出しているため、表面上では同じ言葉でも、東雲にとっては異なった姿で見えることがある。
言葉は、私たちの生活の中で大部分を占めている、というより空気のような存在である。そのせいで何度も齟齬が起こり、少しづつ世の中を生きづらくさせているのではなかろうか。

今回の件では、その齟齬が顕著に現れたと思う。
それぞれがもつ「柴田祐輔」に対する*「愛情」*が、すれ違った結果、あれほど大きく、誰も得をしない状況を生み出してしまったのかもしれない。私は当事者でも、関係者でもない、単なる第三者であるため、今この瞬間に起きていることはわからないが、側から見れば、特定の誰が悪い、というよりただの「すれ違い」が大きくなってしまったような気がする。

*「愛情」とは 広辞苑より
①相手に対して向ける愛の気持。深く愛するあたたかな心。「親の―」「―をそそぐ」 ②異性を恋い慕う感情。「―を抱く」


最後に

言葉が生まれる前の時代を、生きてみたい。みんなが共通の認識を持ち、体の動かし方で物事を伝える。そんな世の中では、今の時代のような齟齬は起きないのかもしれない。
とも思ったが、昔には昔なりの苦労があって、この「言葉のない時代」への憧れは、ただのないものねだりでしかない。昔の人が見れなかった、きっと想像することさえできなかった今の時代が、たとえ生きづらくても、少しは前を向こうと思う。

この生きづらさを感じれることは、逆に幸せなのかもしれない。


ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。文章も上手くなく、読みづらかったとは思いますが、心の中の思いを少しでも解放したいので、noteにて昇華させて下さい。


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