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いまさら聞けない「ウイグル問題」とは

もう利益だけでは、企業は評価されない

公益を害するビジネスへの視線は厳しく、気候変動を筆頭に企業は対策を迫られています。

そしていま世界では気候変動と並んでもう一つのビックイシューが注目されています。

それは「人権」です。

さらに、「ある問題」への注目が高まったことで、人権とビジネスを見直す動きが世界的に広まりつつあります。

ウイグル問題:
中国の新疆(シンチャン)ウイグル自治区における共産党政権の統治について、欧米各国が民族迫害であると批難しました。
米国によると、100万人規模のウイグル人が強制収容や拷問などの人権侵害を受けているといいます。

いまや、すべての企業が環境だけではなく「人権」にも目を配ってビジネスをする必要に迫られています。

いまさら聞けない「ウイグル問題」

2021年1月19日、トランプ政権の最終日にポンペオ国務長官による「ジェノサイド」認定からウイグル問題は大きく動き出しました。

ジェノサイド:
国民的、民族的、人種的または宗教的な集団の全部または一部を集団それ自体として破壊する意図で行われる次のいずれかの行為
・集団の構成員を殺すこと
・重大な肉体的または精神的な危害を加えること
・集団内の出生を妨げることを意図する措置を課すこと
・身体的破壊をもたらすよう企てられた生活条件を故意に集団に課すこと
・集団の子どもを他の集団に強制的に移すこと

ジェノサイドの国際認定例はごくわずかであるが、先進国の間ではウイグルのジェノサイド認定は広がってきております。

そして欧米各国と中国で制裁の欧州になりました。

各国→中国への制裁は主に資産凍結、国・地域内企業との取引停止などで、

中国→各国への報復制裁は対象の個人と家族の入国禁止、中国国内の資産凍結、中国との取引禁止などです。

一方で、日本はG7で唯一、制裁に加わっていません。関連報道も少ないため、日本人の多くはウイグル族とはどんな人たちで、何が問題になっていて、なぜ今、世界で注目されているのかをほとんど知りません。

まずは、ウイグル問題を取り巻く状況を3つの疑問から整理していきましょう

「ウイグル族」とはなにものか

中国の新疆ウイグル自治区を中心に暮らし、イスラム教を信仰する人々

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居住地域:新疆ウイグル自治区が中心
人口:約1,167万人(2018年時点)
宗教:イスラム教
言語:ウイグル語

ウイグル族は、9世紀ごろにモンゴル高原から現在の新疆ウイグル自治区に移住してきたテュルク系遊牧民族の末裔です。

ウイグル族が生活する新疆ウイグル自治区は中国の一部ですが、宗教や文化面では、中央アジアの国々と共通点が多いです。

現在の中国倒置の源流は、18世紀半ばの清朝による征服にさかのぼります。

20世紀には、漢族支配への反発から2度のウイグル族独立国家建設に動くもやむなく制圧され、今に至るまで中国による統治が続いています。

【歴史に翻弄されるウイグル族】
1759年 清朝の乾隆帝がジュンガル帝国を滅ぼし、現在の新疆ウイグル自治区を制圧
1884年 新疆省となる。新疆とは「新たなる領域」という意味
1949年 国共内戦で共産党が勝利。人民解放軍が新疆に展開し、中華人民共和国に統合
1955年 新疆省を「新疆ウイグル自治区」に名称変更

特に共産党の支配下にはいって以降、新疆の「中国化」が始まります。

1954年には開墾や辺境防衛を目的とした漢族主体の新疆生産建設兵団が発足し、新疆ウイグル自治区に駐屯しました。これにより、自治区内の漢族人口の増加をもたらしました。これにより相対的に、ウイグル族の人口比率は低下しました。

多民族国家の中国は憲法で「多民族の平等」を謳っていますが統治の実態はそれに反するといわれています。

では、新疆ウイグル自治区でどのような統治が行われているのでしょうか。

ウイグル統治の実情は

調査や取材には限界があるため、新疆ウイグル自治区の内情は正確には「わからない」のが実態です。

欧米政府やメディアは、自治区から逃れたウイグル族らの証言や、衛星写真などをもとに統治実態を分析しています。

米国と中国それぞれの主張を整理しましょう。

米国の主張

・強制的な避妊・中絶
・移動の制限
・強制労働
・信教の自由の侵害
・恣意的な施設収容(100万人以上)

施設収容

亡命ウイグル族らは、メディアなどに自身の過酷な体験を語っています。

強制的に施設に収容され、イスラム教信仰とウイグル語使用の禁止、共産党賛美など、非人道的な扱いを受けたと訴えています。

一方、中国政府は過激思想の「再教育」が目的だと説明しています。

こうした行為が、条約の定義に該当するとして「ジェノサイド」に認定されました。

<条約の定義>
・集団の構成員を殺すこと
・重大な肉体的または精神的な危害を加えること
・集団内の出生を妨げることを意図する措置を課すこと
・身体的破壊をもたらすよう企てられた生活条件を故意に集団に課すこと
・集団の子どもを他の集団に強制的に移すこと

中国の主張

一方、こうした米国や欧州などの指摘に対し、中国政府は「内政干渉」だとして、真っ向から反発し、米国などを強く非難しています。

・暴力テロ勢力
・宗教的過激勢力
・民族分離勢力

によるテロ事件を食い止めるための措置であると主張している。

分離主義

ある国における民族的、宗教的、人種的な少数派が、帰属する国家から分離独立を目指すことです。

新疆ウイグル自治区の場合、ウイグル族による分離独立の運動を指します。

中国政府は、ウイグル族における分離主義がテロなどを助長し、新疆の安定を損なっているとしています。

また、2010年~18年のウイグル族の人口増加率が新疆全体の人口増加率を上回ったとして、「ジェノサイドには当たらない」と主張しています。

では、なぜここ数年になって新疆ウイグル自治区の問題が注目され始めたのでしょうか。

なぜ「今」なのか

ウイグルが今注目を集める理由は、純粋な統治問題だけではなく、米中対立の高まりがあります。

新疆ウイグル自治区の「外」に目を向けなければ、ウイグル問題の本質は、理解できません。

きっかけは”爆破テロ”

2014年4月、新疆ウイグル自治区の主要駅である、ウルムチ南駅で爆破テロ事件が発生しました。

直前まで現地で視察をしていた習近平を狙った犯行と目され、ウイグル族に対する思想教育強化のきっかけになったとされています。

以降、自治区内に「再教育施設」が急増していきます。

爆破テロは、党内部の権力争い説や共産党内部の自作自演説などもあり、真相は不明です。

2016年頃から、事件後に亡命したウイグル族らが「再教育施設」について、口を開くことでその存在と実情が明らかとなり、欧米を中心に注目が高まっていきました。

米中対立の激化

2017年のトランプ政権成立後から、米中の対立が激化しました。

同時期に亡命ウイグル族による証言が増えたことにより、軍事・経済覇権争いの外交カードとしてウイグル問題が取り上げられるようになりました。

2019年以降の中国による香港統制の結果、「中国批判のための外交カード」の枠組みを超えて、イデオロギー対立の色合いがより濃くなっていきました。

バイデン政権の誕生

2021年1月に誕生したバイデン政権は、人権重視を打ち出し、トランプ政権時代の「ジェノサイド」認定を引き継ぎました。

3月には人権報告書でも、中国がウイグル族ら少数民族に対して「ジェノサイドと人道に対する罪」を犯していると明記しています。

「民主主義VS専制主義」のイデオロギー対立の構図はより鮮明になりました。

ウイグル問題をめぐり、米中対立が深刻化し、民主主義を標榜する先進国を中心により「人権」がクローズアップされるようになってきました。

世界に点在するビジネス上の人権リスクはウイグル問題だけではありません。

「危険な地域・材料」リスト

今年1月、ユニクロのシャツが、新疆産の綿を使用している可能性があるとして米税関で輸入の差し止めを受けました。

特に消費者の目が厳しい欧米のグローバル企業は今、ビジネス上の人権侵害リスクを調査する人権デューデリジェンスを必死になって進めています。

人権デューデリジェンス:
企業活動が、直接的、間接的にステークホルダーの人権に対して及ぼす負のリスクを評価し、対処、検証、情報開示を行うプロセスです。
社内での人権だけではなく、サプライチェーン上や投資先での人権侵害も含まれます。

一方、法整備がなされていない日本では企業の意識がまだ低く、グローバル企業と比較すると人権デューデリジェンス対応が遅れています。

しかし、人権デューデリジェンスの波は、日本にも確実にやってきます。

事実として、日本でも金融庁と東京証券取引所が6月に改定されるコーポレートガバナンスコードに「人権尊重」の規定を盛り込む方針で、日本企業も無視できなくなりつつあります。

では、具体的にどんな行為が人権侵害と認定されるのでしょうか

1.強制労働、自動労働
2.紛争鉱物
3.民族抑圧

1.強制労働、児童労働

強制労働:自分の意志によるものではなく、他者から強要された労働のこと

児童労働:15歳未満(途上国は14歳未満)の子どもが教育を受けずに大人と同様に働くこと、または18歳未満の危険で有害な労働を指す

(厳密には、児童労働の定義は各国の法律によって異なる)

サプライチェーンの川上で発生する例が多く、人権デューデリジェンスが難しい

世界の強制労働の現状

【世界の強制労働者の数(2016年)】
2,490万人
【主な地域の強制労働者の数(2016年)】
アジア太平洋:1,170万人
アフリカ:370万人
ラテンアメリカ:180万人
EU:150万人
中東:60万人
【強制労働の内容】
家事労働・建設・農業などの民間部門:1,600万人
性的労働者:480万人
当局に課される労働:400万人

世界の児童労働の現状

【世界の児童労働者(5~17歳)の数(2017年)】
1億5,200万人(男子8,800万人、女子6,400万人)
【主な地域の児童労働者の数(2017年)】
アフリカ:7,210万人
アジア太平洋:6,210万人
南北アメリカ:1,070万人
欧州・中央アジア:550万人
アラブ:120万人

2.紛争鉱物

内戦などの紛争地帯において、採掘された鉱物資源のことです。

武装勢力の資金源となっている可能性があるため、問題視されています。

米国ドッド・フランク法の紛争鉱物開示制度では、以下の4つが「紛争鉱物」に指定されています。

「3TG」と呼ばれる紛争鉱物
・スズ
・タングステン
・タンタル
・金

米国上場企業が本法の対象となり、自社製品に使用される紛争鉱物が武装勢力の資金源となっていないかを把握し、年次で開示することが義務付けられています。

また2021年1月からはEUでも紛争鉱物規則が適用され、3TGの輸入企業にデューデリジェンスが求められるようになりました。

3.民族抑圧

特定の民族に対する抑圧が行われている場合、それに関連するビジネスは「人権侵害」に加担されているとみなされます。

ただし、政治的な背景からどの抑圧が問題とされるかの判断は難しいのです。(例:イスラエルによるガザ空爆などは、米国とイスラエルの政治的な近さを背景に問題となりにくいなど)

Case1.ウイグル問題
「再教育施設」内におけるウイグル族へのイスラム教信仰とウイグル語使用の禁止などが問題視されています。
ウイグル族の強制労働によって生産された製品を使用した企業などが批判を浴びています。
Case2.ロヒンギャ迫害
ミャンマー政府は、西武に住むイスラム系少数民族「ロヒンギャ」を民族として認めず、不法移民だと主張しています。
国軍による弾圧で70万人が難民となりバングラデシュへ逃れたとされています。
軍が経済の要衝を握るため、ロヒンギャ迫害や非人道的なクーデターに間接的に関与するとして軍系企業とのビジネスに批判が向けられています。

終わりに

強制労働・児童労働、紛争鉱物、民族迫害・・・。

サプライチェーン上には無数の人権リスクが眠っています。

しかし、突然「リスクが眠っている」と言われても適切な対応がわからないのが本音になるかと思います。

では企業は「新しいサプライチェーン」をどう築くべきなのか後日noteに書いていきます。

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