ポポン太とキヌとキツネのおばさん
少し昔のお話。
タヌキのポポン太は妹のキヌと、トボトボと歩いています。涙を流しながら。
少し前に、お父さんとお母さんが猟銃で撃たれ、連れて行かれたのです。もう生きてはいないのはわかっています。
子供達を庇って命を落とした両親に、お墓もつくってあげられません。
二人は、歩き続け、とうとう疲れて、岩かげに隠れて泣きながら眠ってしまいました。
どのくらい眠ったのかわかりませんが、キヌは気配を感じて目を覚ましました。
キヌはポポン太を慌てて起こします。
目の前にキツネのおばさんが、二人の横に座っていたからです。
「あら、起こすつもりは無かったのよ。あんまり二人が可愛いから、見ていただけだよ」
キツネのおばさんは、優しい声で言いました。
朝日を浴びて、おばさんの毛がキラキラ光っていました。
美味しそうな匂いがします。
子供達が目をやると、おばさんの側にご馳走があります。二人はお腹がペコペコ、2日前から何も食べていないのです。
「いいよ、お食べ、お腹が空いて‥」
キツネのおばさんが話終わらないうちに、二人はもう、口の中に御馳走を入れていました。
おばさんは笑いながら二人に尋ねます。
「名前は?」
二人は口をモゴモゴさせながら答えました。
「そうかい、ポポン太にキヌ、いい名前だ」
キヌはおばさんに尋ねます。
「おばさんの名前は?」
「あらあら、子どもに名前を聞かれたのは初めてだよ」おばさんは楽しそうに笑います。
「おばさんの名前はキンさ。でも、名前で呼ばないでおくれよ」
春の風は桜の匂いを届けてくれます。
お腹も満たされて、子供達は穏やかな時間を取り戻しました。
「あんた達は迷子かい」
おばさんは尋ねたのですが、返事がありません。
おばさんは、二人の状況を察したようです。
「おばさんは、子どもを亡くしたんだ。
猟師の罠に掛かって。私は助けられなかった」
キヌはおばさんの手を取り、優しく撫でてあげました。
おばさんは、キヌの頬に手をやり、目を潤ませて言いました。
「私は猟師のいない所に行こうと思っているんだよ、あんた達はどこに行くんだい」
ポポン太とキヌは顔を見合わせました。
そんな事を考えもせずに、歩き続けていたのです。
キツネのおばさんは、言いました。
「私と一緒に旅をするかい?途中で別れてもいいさ。ここには猟師がいるからね」
子供達は心の中で望んでいたので、おばさんの誘いに、ほっとしました。
そして、笑顔を浮かべて二人は、おばさんに飛びついたのでした。
おばさんも、二人を優しく抱きしめてくれました。
こうしてキツネとタヌキの、ちょっと変わった一行は仲良く旅をする事になったのです。
三人の旅は続いています。
桜の花びらがチラチラ舞っている中を、お喋りの方は花盛り。
「ねえ、これからどこに行くの」
ポポン太は尋ねます。
「猟師や猟犬がいない所に行きたいよ。お前達もそうだろ?」
ポポン太もキヌも頷きます。
「ぼくね、前にお父さんに聞いたことがあるよ」「何を?」キヌが聞きます。
「ポンポっていうお父さんの従兄弟が、ポンポコ村と言う所にいるって。おばさん知ってる?」
「聞いた事ないねえ、タヌキだけの村かもしれない。そこに行きたいのかい」
おばさんが尋ねます。
「僕、会った事も無いし、おばさんと一緒だったらどこでも良いよ。ね、キヌ」
「うん、おばさんと一緒がいい」
キヌもおばさんの顔を見ながら答えました。
おばさんは何も答えませんでしたが、優しい笑顔。子供達におばさんの気持ちは届きました。
『雲さん 雲さん 乗せてよ 乗せて お山の向こうの まだまだ向こう 大きな池があるのかな 緑の森があるのかな 美味しいご飯があるのかな』
「そんな歌、聞いた事ないよ」
おばさんは目を丸くして聞きます。
「お兄ちゃんが作った歌よ」
キヌが笑いながら答えます。
そんなふうに三人は旅を楽しみながら歩いているのです。
と、おばさんが立ち止まりました。
「人間の家が見えてきたよ。村があるようだね。人間の住む所には、犬がいるから注意して行こう」
少し歩くと三叉路で、ポポン太とキヌが会った事のない生き物に出会いました。
それはおじいさんで、ニコニコしながら声をかけてきました。
「旅の人かね」
「はい、怪しいものではありません」
おばさんは丁寧に答えます。
「おじいさんは誰ですか?」
そう尋ねたはポポン太です。
「私は猫だよ。猫に会った事が無いのかい」
「はい、初めてです」
「そうかい、初めて会った猫がじいさんで申し訳ないな」
おじいさんはフォッフォと笑います。
「ところで、あんた方はなんで、狐と狸が一緒に旅をしてるのかね?」
「私達はそれぞれ家族を亡くしました。それで一緒に旅をする事にしました。おかげで、楽しい旅になりました」
ポポン太とキヌは顔を見合わせてニッコリしました。おばさんの言葉が嬉しかったのです。
「あの、この辺りには犬はいますか?」
おばさんはおじいさんに尋ねました。
「ああ、いるとも。猟犬もな」
おばさんは唇を噛み締めました。
子供達も不安でいっぱいです。
「それでは、良い旅を。気をつけてな」
そう言って猫さんは元来た道を帰って行きました。
三人は、しばらく猫さんの後ろ姿を見送りました。
サワサワと気持ちの良い風が吹き抜けていきました。
三人は村の大きな通りは避けて、脇道を静かに歩き始めました。
猫のおじいさんは、この辺りには犬がいる、と話していたので、ポポン太とキヌはドキドキが止まりません。おばさんが辺りを警戒している様子が伝わってきます。
「犬がいる」
先頭を歩いていたおばさんは、二人を振り返り、小さくささやきました。
ポポン太も、何となく違和感のある匂いに気がつきました。
キヌがポポン太の手を強くにぎりしめます。
三人は立ち止まり、息を殺して匂いを嗅いでいましたが、段々匂いが遠ざかっていきます。
「良かった、こちらに気づかなかったようだね」
おばさんのホッとした気持ちが、二人にも伝わりました。
「良かった」キヌはポポン太と繋いでいた手を離します。そして、駆け出しました。
目の前に原っぱが広がっていたのです。
小さな可愛い花がたくさん咲いています。
「うあぁ、お花がいっぱい!」
ポポン太もダッシュで原っぱの中央へ。
バサッと寝転び、両手足を伸ばしました。何と気持ちが良いのでしょう。
おひさまが見守ってくれながら、優しい光りをふりかけてくれます。
キヌは花飾りを作っています。
キツネのおばさんは、子供達の様子に微笑みなからも、周りを警戒する事を忘れませんでした。
すると、さっきの匂いが近付いて来るのに気がつきました。歩いてきた道に目をやると、犬がこちらに向かって歩いて来るのが見えました。
だけど、犬は犬でも小さな犬。子犬でした。
おばさんは、思います。
親が近くにいるだろうと。
おばさんは、ポポン太とキヌの元に急ぎます。
と、子犬も走りだし、なんとキツネのおばさんの後を追いかけて来るではありませんか。
「待ってよう!」
子犬は泣き泣き追いかけて来ます。
おばさんは立ち止まり、子犬を待ちました。
ポポン太とキヌから、離れた所にいる方が良いと判断したのです。
「おばちゃーん、ボク痛いよー」
子犬は泣きながら訴えます。
「どうした?どこが痛いの?」
おばさんは優しく尋ねました。
「おててが痛いの」
「見せてごらん」
おばさんは子犬の手を取り、ケガでもしているのかと見てみました。ケガでは無く、大きなトゲが刺さっています。
「おばさんが抜いてやろうか?ちょっと痛いよ。」
「痛いの嫌だよー、怖いよー」
その声をきいてポポン太とキヌが走り寄ってきました。
子犬の手を見て、二人は心配顔。
「坊やの名前を教えておくれ」
おばさんは子犬の頭を撫でながら聞きました。
「バウって名前だよ」
バウはしゃくりあげながら答えました。
ポポン太はバウに言いました。
「強そうな名前だね、バウ」
「うん、私もそう思うよ」
キヌも言いました。
「おばさんもバウはとても強い子だと思うよ、バウはどう思う?」
バウは涙を拭きながら答えます。
「バウ、強いよ、怖く無いもん」
「じゃあ、トゲを抜いても大丈夫だね」
おばさんの言葉にポポン太とキヌは
「頑張れ、バウ」と応援します。
トゲ抜きはあっという間に終わりました。
キヌは薬草を摘んで、バウのトゲのあとに貼り付けてやりました。
キヌのお母さんが、以前キヌに同じように手当てをしてくれた事を思い出したのです。
キヌは小さな声で、お母さんとつぶやきました。涙が出てきそうでしたが、小さなバウに笑われそうでグッと我慢しました。
その様子をキツネのおばさんは見ていました。おばさんも亡くした子どもの事を考えているのでしょうか、目元が少し光って見えました。
「バウ、お父さんとお母さんは?」
そう聞いたのはポポン太です。
「お父さんとお母さんはお仕事だよ」
「お仕事って何なの?」
ポポン太は、お仕事と言う言葉をはじめて聞きました。
「えっとね、猟師の人のお手伝いをするんだ。猟犬って言うんだって、凄いでしょ」
バウは得意げに言いました。
おばさんの顔色が変わりました。犬の中でも訓練された怖いほどに優秀な犬。よりによって。
「ねえ、バウ、お父さんとお母さんのお仕事はまだ終わってないのかい?」と、おばさん。
「もうすぐ帰ってくると思うよ、ボクお迎えに行くところだよ」
バウはニコニコ顔で答えます。
それは大変、急いでここを離れなければとキツネのおばさんは思います。
辺りに注意を払います。と、一足遅かった事に気づきました。
風下の道にバウの両親であろう二人連れが遠目に見えたのです。
訓練された猟犬からは逃げられない。
「バウ、お父さんとお母さんだよ」
子供達は、おしゃべりに夢中で気付かないようでした。
おばさんは、バウの背中を軽く叩きました。
「あっ!お父さんとお母さんだ!」
「お父さーん、お母さーん」
そう大きな声て呼びかけながら、バウは両親の元に走っていきました。
ポポン太とキヌの目は、きっとここでは無い別の場所で、別の人達を見ているのだろう、そして、私も。
キツネのおばさんは、しばし今の危機的状況を忘れていました。
そうしている間にも、バウの両親は三人に近付いてきます。
「おばさん、逃げないの」キヌが聞きます。
おばさんは決めました、逃げ出さないと。
「逃げないよ、なにも悪い事してないだろ?二人とも、ニッコリ笑ってお迎えしよう、バウの大事な家族じゃないか」
「そうだね」ポポン太も頷きます。
少し心配なキヌ、おばさんと兄の手をしっかり握りました。
バウと両親はどんどん近づいてきます。
バウはこちらに向かって手を降ります。
「お兄ちゃーん、お姉ちゃんーん、おばちゃーん」
バウの後ろにいる両親の表情は分かりません。
子ども達は笑顔でお互いに手を降り、ポポン太とキヌもバウの名前を呼んでいます。
そうしている間に、バウの家族と向かい合いました。
バウの両親は猟犬なので、どんなにか恐いお父さん、お母さんだろうと、ポポン太とキヌはビクビクして、下を向いています。
「こんにちは」
とても優しい声がしました。
ポポン太とキヌが目を上げると、目の前にバウのお母さんが立っていたのです。
「こんにちは、バウと仲良くしてくれてありがとう」
バウのお母さんはタヌキの兄妹に話しかけました。
怖い人とばかり思っていたので、とても不思議な気持がした二人。
バウのお母さんは、今度はキツネのおばさんに声をかけました。
おばさんは、少しだけ身体が後に傾いてるいるように見えます。
「バウのトゲを抜いて下さってありがとうございました」
「いえいえ、バウは頑張りましたよ、子供達も応援していたので、強い気持ちが持てたのでしょう」
いつもと違うおばさんの声で緊張しているのがわかります。
その時、バウのお父さんが一歩前に出ました。
とても、立派な、と言いますか、お母さんとは違い、やはり怖い。鋭い視線はタヌキの兄妹を緊張させます。
キヌは思わず、おばさんにしがみつきました。
バウのお父さんは、少し困った顔をして、キヌに話しかけます。
「おじょうちゃん、私達は猟犬のお仕事をしているけれど、今日の仕事は終わったから、君達を追いかけたりはしないよ」
その言葉にキヌとポポン太は顔を見合わせました。ホッとしたのです。
「君は、、、」
「僕、ポポン太と言います。妹はキヌ、おばさんはキンです」
バウのお父さんは笑いながら言いました。
「これはご丁寧に。おじさんはタロウ、おばさんはハナというんだよ」
穏やかな話し声に、ポポン太とキヌは、すっかり安心しました。
おばさんの方を見ると、バウのお母さんと楽しそうにお喋りしています。
ポポン太がおばさん達の方に顔を向けたのに気がつくと、バウがポポン太達の方にかけよりました。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、遊ぼうよ」
三人は原っぱで、遊び始めます。
キャッキャッと笑い声がして来ます。
大人達も原っぱに歩いて行き、そのまま三人で座りました。
「私、犬さんと話したの初めてです」
「私達も、仕事とはいえ、追う対象だった、キツネさんやタヌキさんと、、、こんな日が来ようとは。ねえハナ」
「本当に。それでなくても私達を見ると皆んな逃げるのです。同じ犬も心を開いてくれません。おかしな特別感を持たれているようで、寂しい」
お父さんは、子供達の様子をみまもりながら言いました。
「私達より、バウが可哀想なんです。ほかの子供達がバウと距離を置き、一緒に遊んでくれないようで」
キンは声を落として言いました。
「近くで子ども達が見ていますよね、5、6人いるようですよね」
「ええ、気がついていました。あなた方が珍しいのでしょう」
ハナさんもヒソヒソ声です。
三人が様子を見ていると、ポポン太、キヌ、バウは三人で歌いながら手を繋ぎ回り始めました。
『グルグルグルグル回ろう みんなで仲良く回ろう
目が回る目が回る 世界が回っているよ
皆んな皆んなで回ろうよ』
ポポン太が即席に作った歌のようですが、とても楽しそう。
「私達も行きましょう」
キンがタロウさんとハナさんを誘います。
三人は子供達の輪に加わり、歌いながら回り始めました。
すると、遠まきで見ていた子供達がやってきました。
「バウ、僕たちも仲間に入れて!」
「うん、一緒に遊ぼう!」とバウは嬉しそう。
「僕、ポポン太」
「私、キヌ」
「僕、バウ」
「僕、ミン」
「私、ナデ」
「僕、ナカ」
「私、ヨク」
「僕、しよう」
すると大人達も続けます。
「私、キン」
「私、ハナ」
「僕、タロウ」
笑い声が続きます。ポポン太の作った歌も続きます。
小さな村の原っぱで。