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命の玉(創作)

昔のお話。

ある所に住んでいるお爺さんとお婆さんは、ずっとお爺さんとお婆さんなのです。

もうすぐ100歳を迎える近所のお爺さんは「ワシが子供の頃から、あの夫婦はもうお爺さんとお婆さんだった」と、証言しているのです。

本当でしょうか。本当なのです。
昔の戸籍台帳にもちゃんと記載されています。

そんな馬鹿な。200年近くも生きているなんてあり得ません。

そうです。あり得ません。
でも、こんな噂があります。
ええ、噂です。

その老夫婦の住んでいる家に命の玉があるのでは、という噂。

命の玉とは、これを持っていると長寿と健康が約束されるというありがたい玉。
その命の玉を持っているのではないかと、村人達は噂をするのです。

直接二人に、命の玉を持っているのか聞いた者もありますし、長命の理由を尋ねる者もありましたが、老夫婦は首を傾げるばかりです。

老夫婦は仲も良いし、親切で働き者。だれも二人を悪く言う者はいません。
けれど、そんなお宝を一人占めにしているとしたら、話は別ですものね。

ただ、村人の誰も老夫婦の家の中に入った者は居ないのですよ。まあ、用があっても土間や縁側での話で済みますし。

ですから、その玉を見た事のある者もいません。

どこから、そんな噂が広がっていったのでしょうね。

老夫婦には、一人娘がいたそうですが、隣りの村に嫁ぎ、高齢で亡くなったそうで、たまに老夫婦が墓参りに出かける事があります。

それを利用して、老夫婦の家の中に忍び込み、その命の玉とやらを拝みたいと思いついた輩が現れました。

ある朝、墓参りに老夫婦は出掛けていきました。昼過ぎまでは帰って来ない事はわかっています。

そのけしからぬ男は、ヤスケと言う名前で、ちいとばかしのおっちょこちょい。けっして悪い奴では無いのですが。

ヤスケは老夫婦の留守の家に、玄関から堂々と入っていきました。

昔の農家といえば、鍵をかけないで外出する事は普通にあったようです。

さて、お目当ての玉は見つかるのでしょうか。

ヤスケはさほど広く無い家の中を見渡しました。見える範囲に玉は見当たりません。
 
さすがに、タンス等の引き出しを開けるわけにはいきません。

「やっぱり、命の玉なんかあるわけ無い。ただの噂だよな」

ヤスケは外に出ようと、玄関の戸を開けた途端、二人と鉢合わせてしまいました。

「ヤスケ、何とした?」
「ヤスケや、何か用かい?」
夫婦二人は同時に声をかけます。

「おじい、おばあ、見せてくれ、命の玉を。あるんじゃろ?隠さんで見せてくれ。黙って上がり込んだのは謝る。
どうしても、この目で拝みたいんじゃ」

「ヤスケ、ワシらの事で、村のもんが色々言っとるのは知っとるが、ワシら本当にわからんのじゃよ」

お爺さんの目を見れば、納得せざるを得ないと、ヤスケは思いました。

「わかった、おじいが嘘なんか言うはずは無い、すまんかった」
ヤスケは深々と頭を下げました。

「わかってくれたか、良かった」
お爺さんとお婆さんは微笑みます。

「ところで、忘れ物でもしたんか」
ヤスケがたずねると、お婆さんは
「そうそう」
と言いながら部屋に行き、引き出しから数珠を取り出しました。

「おばあ、それが命の玉では無いのか」

「まだ言うか、ヤスケ。これはな、娘が産まれた時、和尚にもらっただ。お守りにせえとな。ずっと娘が持っていただよ」お婆さんは泪ぐみます。

「これが命の玉だったら、ワシらより先に娘は逝かなかったと思わんか?」

お爺さんの言葉にヤスケは肩を落としました。

ヤスケはそれから、二人のお供をして、お爺さんとお婆さんの亡き娘の墓参りをしました。


それから数年後、二人は同じ日に静かに息をひきとりました。

村人達は、娘の眠る墓の横に二人を葬ってやりました。

墓所から村人達が村に帰ると、二人の住んでいた家が原因不明の火事で全焼していたそうです。

村人達は、その跡に祠を建てて祀ったと、郷土史に不思議な話として記載されていると聞きます。

世の中には時々、不思議な、としか言いようが無い事があるものですね。


おしまい


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