天動説的同性愛(破)

 湘南の街で飲食店を探し出すのにそう苦労はかからなかった。2人でこじんまりとした清潔そうなレストランの戸をたたいた。普段はファストフードで食事を済ませてしまうことが多い、と道すがら語っていた少女は物珍しさからかその日に焼けた顔をさらに紅潮させメニューに見入っていた。
「ナオさんこれっ、これなにかな?アラビアータってかいてある」
「ちょっと辛いトマトソースのことだよ、辛いの大丈夫?」
「うん、あんまり食べたことないけど試してみる」
「じゃあ私はラザニアにしようかな」
 メニューを頼んで店内を見渡してみてやけに女性客が多いことにナオは気が付いた。町でも不思議と男の影を見つけることはなかった。しかし人がいないことでいえばナオの地元も相当なものであった事を思い出し気に留めることはなかった。ふと思い出した地元の話の幾つかを少女に話してやると彼女は楽しそうにけらけらと笑った。連想ゲームのように少女も学校であった話などを話す。ナオはそうした話にノスタルジーを刺激されなんだか胸が温かくなるように感じた。ノンストップに会話が繰り広げられている間に2人が注文した料理が湯気をもうもうと吐き出しながら運ばれてきた。海の不思議なまでに空腹感を刺激されるあの空気にあてられていた2人は料理を瞬く間に食べつくしてしまい、ナオの提案で注文したデザートまでお冷の氷が溶ける前にすべて食べつくしてしまった。
「ナオさんはこれからどうするの?」
 ナプキンで手を拭きながら少女は聞いた。特に予定間決まってない、という事を伝えると買い物に付き合ってほしいと伝えられた。
「私は全然いいけどワケルちゃんはいいの?」
 ワケルはナオだからいいのだ、という思いを恥ずかし気に途絶え途絶えになりながらも伝えた。それから二人は湘南の街を特に目的も設定せずにぶらりと歩いた。買い物といってもワケルには明確な目的があるわけではなかった。もちろんナオにもそうしかせかせかする気持ちはなく、互いに共通するペースがある2人は猫を見つけてはカワイイと足をとめ「面白い看板がある!」とワケルがつぶやくたびに足をとめ2人でささやきあい、微笑みあいながらじっくり街中を進んでいった。
「このあたりはいいところだね、思ったよりも人通りも少ないし落ち着くよ」
「そうなの?でも東京と比べたら確かに人は少ないかも、私も東京行ってみたいな」
「今度おいでよ、まだアパート引き払ってないしさ。狭いけどさ二人ぐらいなら寝られるとおもうよ」
 道中で地下にある喫茶店「イブ」へと2人は足を運んだ。急な階段を踏みしめながら一歩一歩降りていく。重い扉を開けると薄暗い、照明といえば数個のランプが頼りなく存在しているだけの空間が広がっていた。
「ねぇ、ナオちょっと怖いよ別のところにしない?」
「ここな気がするんだよね、なんとなくさ。大丈夫、私勘が働くほうだからきっといいお店だと思うよ」
 重々しい喫茶店の雰囲気にのまれているワケルの肩をバシバシたたき励ましながらナオは進んでいく。幾つもの本棚が整列している短い廊下を抜けるとソファーが店の主がごとく鎮座していた。それに腰かけると妙齢のフクロウのブブローチを胸にかけた女性がお冷と一緒にメニューを運んできた。例のごとくメニューについて質問するワケルに応えてやり自分のモノも注意深く選ぶ。注文をおえしばらくするとソファー前の小さなテーブルにいくつかのお菓子とコーヒー、そしてカフェオレが並ぶ結果となった。鼻を近づければ柑橘の香が鼻から抜けていくお菓子をハグハグとかみしめながらナオは今日人々の事を思い返していた。
「ねぇ、ワケルとあってから男の人を見てない気がするんだけど」

「おとこ?」
 やけに周りが静かに感じられる。2人の間には埋めることのできない空白が生まれていた。どうしてかワケルには男性という概念が理解できないらしかった。やけにワケルの顔が暗く不可解なもののように見える。手始めに幾つか男の著名人を挙げてみせてもどれもはっきりと「知らない」という返事が返ってくるばかりだった。そんなことないはずだ、と店内の本を幾つか手にとってもそれらのすべて女性が著者のものばかりだった。
「お客さん、何をしてらっしゃるの?」
 お店の妙齢の女性にこの状況を説明しても結果は同じであった。男という生き物が絶滅したわけでもなければ徴兵を受けて街中にいないというでもない。ただただ人間という種の片割れの存在がなかった事になっているのだった。まるで神がすぱりとその計画書からX染色体を切り離してしまったように。
「じゃあ、雄の犬もいないの?」
「犬には雄がいるよ、他の動物にも……」
 ガリガリ、と音が響く。気が付けばナオの手は頭に向かい、自らの頭皮をかきむしっていた。呼吸も次第に荒くなっていく。疑問は解けることはないそこに存在し続けている。
「じゃあ人間には雄がいないのはおかしいんじゃないの!?」
「でもそれは人間だし……」
 どうやら人間のみが文明を築くことができた理由をナオも説明できないように、彼女たちも人間に雄がいないことをうまく説明できないようだった。当然の事実として、公理としての認識しかない。どこで道を違えたのだろうか。どこが契機であったのだろうか。
 世界がまたたきはじめやがてぶつりと電源がきれてしまった。
 どれぐらいの時間がたっただろう、目が開けられる、ナオにとってこの日三度目の覚醒であった。






この記事が参加している募集

一度は行きたいあの場所

この街がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?