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読書日記3 【スティル・ライフ】


 「大事なのは・・・(略)外の世界ときみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。たとえば、星を見るとかして」

 「僕」という主人公に佐々井という工場で知り合った男がいうセリフで、すごく印象に残る。主人公の「僕」は、おじの置いていった広い屋敷に住む定職をもたないフリーター。染色工場で佐々井と知り合い飲み友達となる。話の内容は具体的なことや自分の話はせず、星の話や山や海など大きな話が主になる。

 「雨崎」(あめざき)という場所に行って岩になろうとしたり、女友達と桜をみにいったり、色々行動する「僕」に対して、佐々井は何もしない。写真をスライドにして壁にプロジェクターで写すのが楽しみ。この二人が佐々井の依頼によってお金を作ることになる。

 疑う「僕」だが、佐々井の「迷惑はかけない」という言葉と、いつしか芽生えた友情っぽいもので、佐々井を信じて彼を手伝うことになる。お金を稼ぐ手段は「株」で、名義を使えない佐々木に代わって「僕」が株の売買をするというもだった。「僕」の住む、大きな屋敷の一部屋を使い株の売買を始める。利益は確実に上がっていき、佐々井のいう「目的」にも近づいていく。そして別れも…

 なぜに佐々井は株をするほどの大金をもっているのか?そのなぞも物語の最後にわかってくる。文章がすごく美しく読んでると古さとかキザさとかを超えて僕の頭の中に入り込んでくる。芥川賞受賞した作品でもある。


 作者は実はあまり知らない。翻訳者で詩も書くらしく。世界を放浪していて、ギリシャに住んでいたのは村上春樹より早い。娘さんは女優さんらしいんだけど、みんなWikipediaで調べたもので、全部を読んでいない。

 他の作品も読むのだけど、この作品が飛びぬけて僕にとっていいので、何回か読んでしまうことになる。他の作品は詩的な部分がちょっと気が散って、なかなか世界に入り込めないというのもある。

 作品を知ったのはラジオ・ドラマだった。題名もそのままで「FMシアター」という番組で95年に放送された。佐々井を小木茂光という渋めの俳優がやっているので、すごくいい作品になっている。その最後に流れるセリフが最初にかいた文章になる。小木茂光さんのTwitterは辛辣だけどw

 FMがまだアナログでラジオ好きな女友達からカセットテープで貰った。「好きそうな作品だよ」と彼女は見付けたことをすごく自慢した。ラジオドラマってすごく当たりはずれが大きい。有名な俳優は結構でている。脚本や声優が背景のない世界を引っ張るので、小説を朗読されているようで心地が良い物もあれば、説明不足で意味がわからず、声優の声が悪くて騒音のように聞こえるものもある。

 その女友達は当たりの作品を見付けると僕によくくれた。その中で僕が一番好きだった作品になる。もう引っ越しの時に紛失してしまったので聴けないけど、その時の心地よさは耳に残っていて、その時に本を買って読んだ記憶がある。

 定期的とかではないけど、小説をドラマ化したのは聴いてみたりしている。つい最近だと「コンビニ人間」とか「世界から猫が消えたなら」とかを聴いた。音楽と効果音とがうまく絡むと、物語を読まなくてもうまく世界の中に入り込めるいいデバイスになる。ただ「はずれ」も多いので気をつけないと原作とかけ離れたものになってるのもある。


 ちょっと読みたくなる時がたまにあって、文庫のこの本をひろげる。この文庫は手放さず持っている。読み終わるとちょっと世界が止まって、フワフワと地平線をだだよってまるで静止画を観ているような感じになる。Still life って「静止画」という意味らしい。流石、翻訳者だなとも思う。

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