読書日記79 【夢に抱かれて見る夢は】
岡部えつさんの短編ホラー作品。女性でしかも40代ぐらいの中年女性が主人公になっている。文章は繊細で表現もうまい。小野不由美さんのような感触がある。デビュー作が怪談なので得意なのか、描写や恐怖がホントに小泉八雲のような感じがする。
解説にある「平凡で無自覚な悪人」を書くうまさとあるけど、確かにすごく弱い悪人が無間地獄におちる様は、「これでよいのだろうか?」と首をひねりたくなる。勧善懲悪ではないけど、悪人のカンダタの蜘蛛の糸が切れるかの如くにというのを期待すると意外性にびっくりする。
「アブチバレ」という作品のなかで千穂という女性があらわれる。パワハラ被害を受ける同僚を見るのが辛くて会社を辞めている。そのパワハラ被害の同僚の滝江が3か月後に自殺をとげる。力になれない自分の後悔の念にかられて線香をあげに滝江の実家に向かう。それまでは普通の物語の入り口なんだけどそこからこの千穂の企みが明らかになる。仕事を辞めてしまい生活苦から滝江の死を訴訟という形で金を稼ぎたいという企みがあることがわかってくる。
この小説の面白さってそれなのかもだけど、千穂に悪気が何にもないところにある。あくまで自分は滝江と同じ被害者であって悪いのは辞めた会社、特に部長の松川だと信じている。本人は虐められる滝江をほっといて1ヶ月ほどで辞めてしまっているのに、本人は滝江とずっと一緒に何年も仕事をしている同僚のように思っている。そして千穂に悪気のかけらもない。悪いのは会社でお金を取ることが正義なのだと信じている。
訴訟を促す千穂に滝江の母の誠子は頑なに拒む。なんで?そこから千穂の身勝手感が出てくる。「あれ?この千穂って人、変だな」と思った途端にこの題名のように谷底にのまれていく。その感覚がわからない人は何故に千穂がそこまで?と思ってしまうのではないかと思う。意見の幅が広い作品にはなっていると思う。
「親指地蔵」という作品も女性3人の話なのだけど、不幸になるのは虐められている2人だ。泰子から紗江が「摩子の様子が変、ブログの更新が半年も止まっている」とメールがくる。小さな広告代理店に勤めていた同僚3人で今はフリーランスで働いている。泰子と摩子はデザイナーで紗江はライター泰子は親分肌で辞める時も独立しないと泰子がせかして3人でとなったが泰子が恋人の広告代理店から仕事をもらい摩子に回すのにくらべ、紗江は自分で仕事を探している。
それなのに摩子の生き霊を見ることになるのは紗江だった。馬鹿にして笑っていたというだけで摩子の恨みを聞いてしまう。泰子は至って元気でそしてハワイ旅行なんて行っている。そう生きた方が幸せなのかも?という感じがすごく残ってしまう。微妙な線で繋がるこの物語はすごく捉え方がむずかしい。ただ霊は「かわいそう」と思う人にとりつくらしいから、そういう捉え方は正しいのかもしれないが因縁の残る作品に思える。
昔のはなしって理不尽な話も多い。怪談も「皿屋敷」や「お岩さん」などの作品もあるけど、そうでない作品もある。ただ理不尽な作品は早く忘れたいのか正直覚えていない。スカッとしたいというか悪とそれを恨む霊という構図が一番ストーリーとして頭に入りやすい気はする。そういうサブ的な作品を拾い上げてメインに持ってくるところは玄人受けするのかもとは思う。
今の時代は霊のようなサイレントマジョリティーの膿のようなものが、匿名での誹謗・中傷する。それこそ霊のようなものだと思ってしまう。人の作り上げる怨嗟(えんさ)のような、蠢く蟲のような感じがする。人の命を奪ったりするのに、それはひどいこととされながら野放しのような感じもする。その情景を著者が書いているのだとしたら?そう思うと物語はまた更に深く入り込んでいく。弱く人のせいにしてしまう普通の人の持つ弱さが人の怒りをかってあっという間に飲み込んでしまう恐怖を感じると背中にさむいものを感じる。
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