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暗号めく翅をしづかに秋揚羽

昨夜の雨の名残で、まだ空気の湿ったままの朝。
薄曇りの空の下、咲き終えて子房だけになった高砂百合の先に揚羽蝶がとまっていました。
湿度のせいなのか、ほの暗い光のせいなのか、こぢんまりとした庭の中で翅の模様だけがくっきりと浮かび上がり、揚羽蝶はひとひらの複雑な暗号のよう。
暗号めいた揚羽蝶は身じろぎもせず、曇天を仰ぐようにゆるりと休んでいました。
「うちの小さな庭を休み場所に選んでくれてありがとう。
     どうか天寿を全うできますように。」
小さな生き物に対して私ができることは、こうやって言霊をかけることくらいです。
揚羽蝶はそれからほどなく、東の空へ飛んでゆきました。


咲き終えた高砂百合には、塩辛蜻蛉がとまっていることもあります。
少し日が翳り始めた夕刻、
「わたしは生き物ではありませんから。」
そう言わんばかりの姿勢で、鉄色の体をピンと伸ばし、高砂百合のてっぺんに静止していました。
そして小さな羽虫が近づくと、子房を踏んで跳ねるように飛ぶのです。
羽虫が来ればピョン、また羽虫が来ればピョン。
立派な翅は使わずに、必要最小限の「ピョン」で羽虫を捕えます。
高砂百合の子房は、塩辛蜻蛉にとって誂え向きの踏み台となるようです。


実は高砂百合は外来種で、強い繁殖力を持っています。
この夏の暑さにもまったく衰えることなく、真夏日の中、大きな白い花を咲かせました。
暑さに強いだけではなく、昨年は冬至の頃に花を咲かせたものもあります。
子房が熟すると平たい種が無数に散らばって、庭のあちらこちらから細い葉を芽吹かせます。
なんだか強すぎて美しすぎて…私にはほんの少し高砂百合に馴染めない感情がありました。

でも、庭の生き物たちが高砂百合にとまっているのを見ていると、そんな気持ちも薄れてゆきます。
植物も動物も、それぞれに天性の個性があるのですよね。

9月に入り、小さな庭は少しずつ秋の風景に変わります。
檜扇が緋色の花をつけ、紫式部の実が奥の方から濃い紫色になってゆきます。
またささやかな生き物が来るのを心待ちにしながら、窓の外を眺める日々です。

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