この人生は、ちゃんとしてる風のスウェットを探す旅だ

2億年ぶりに服を買った。

僕は基本的にサイズ大きめのスウェット地のパーカーやらズボンをゆったり着ている。服を選ぶ基準は「着ていて窮屈でないかどうか」だ。

しかしあるとき「さすがにもうアラサーだし、そろそろちゃんとした服を着た方がいいよな」という気持ちが頭をもたげ始めた。

周りの同年代たちは襟がついたシャツやらチノパンやらを着ておすまし顔を決め込んでいる。一体彼らは人生のどのタイミングで襟付きシャツやチノパンを手にしたのだろう。

彼らと比べると、確かに全体的にシルエットがダボついていてだらしなく見える。常々醸したいと思っている知的な雰囲気は皆無だ。

つまるところ僕が欲しいのは「着心地が窮屈ではなく、ある程度ちゃんとして見える服」だ。


今までも何度か「いい加減服を買おう」と思う瞬間はあったが、出不精な僕は「まあまだ着れるしな」で済ませていた。

「服屋に行く→サイズや色を見る→試着する→買うか決める」という工程がめんどくさくて仕方がないのだ。

それを見かねた奥さんが、クリスマスプレゼントにユニクロのギフトカードをくれた。ギフトカードをくれたというよりも「ユニクロに行く動機をくれた」といった方が正しいかもしれない。うちの奥さんは聡明だ。


ユニクロに行ったのは夕方ごろだった。サイズ感や色味など自分のセンスが全く信じられないので、奥さんに付いてきてもらった。他のお客さんも少なく服を見るには快適だった。

まずはズボン。ダボダボスウェットから脱却せんと店内を歩き回るが、種類が多すぎる。そんでもって商品の名前が長すぎる。

「ウルトラストレッチドライスウェットパンツ」に面食らった。要は「よく伸びるズボン」だ。朝青龍の本名(ドルゴルスレン・ダグワドルジ)より長いカタカナの羅列なんてどうかしていると思う。

結局そのスウェットを手にしている僕もどうかしていると思うが、普段履いているスウェットより細身で履き心地も良さそうだ。奥さんの後押しもあり僕は試着室に向かった。

履き心地は抜群だった。確かにウルトラなストレッチ。しかも軽い。何も履いていないみたいで、体感としてほぼ公然わいせつだった。

鏡を見てみると、なんだかちゃんとして見える。なんならスラックスに見えなくもない。僕の追い求めていた「窮屈でなく、ちゃんとして見える」ズボンだ。迷わず買い物カゴに放り込んだ。


奥さんに誘われるまま、シャツコーナーに向かう。僕は襟付きのシャツが苦手だ。なんだか動きづらいし、首が窮屈だし、洗濯した後アイロンをかけないといけない。

ただ僕にも「ノーカラーのシャツを着てみたい」という少しばかりの気持ちはあった。

少し前から芸能人がノーカラーシャツを着ているのをテレビでよく見る。独自の世界観をウリにしている人がよく着ているイメージがある。

僕も周りの人から独自の世界観がある人だと思われたい。休日はシーシャと読書を嗜み、行きつけの古着屋が都内にいくつかあるような人。クセとこだわりが紙一重みたいな人に見られたいのだ。

拗らせた中学2年生をひた隠しにしながら、ノーカラーシャツに袖を通す。おや、思ったより窮屈でない。独自の世界観がありそうな空気も醸している。

なんなら何かしらの教祖様にすら見える。世界観どころか思想哲学の領域である。信じる者は救われる。憧れのシャツは僕の手中に収まった。


買いたいものはおおよそ買えた。そろそろ帰ろうかと思っていると、アイツと目が合ってしまった。スウェットパーカーだ。ただならぬ引力でパーカーに吸い寄せられた。

脳内の天使がソプラノボイスで言う。
「あなたは今日ちゃんとしている風の服を買いに来たんだよね?パーカーは必要ないよね?というかお前何枚パーカー持ってんだよ」

悪魔が言う。
「結局お前はスウェットなんだよ。パーカーから逃れられないんだよ。着心地が楽でいいじゃねぇか。豊富なカラーバリエーションからあなた好みの一着をセレクトしちまえよ」

僕は春めいた色味のパーカーを引っ掴みレジへ向かっていた。その時のことはあまり覚えていないが、奥さん曰く白目を剥いていたとのことだった。


スウェットズボンを2着、ノーカラーシャツを1着、スウェットパーカーを1着購入した。

期待以上だったのは紛れもなくスウェットズボンだった。履き心地がいい上にフォーマルっぽくも見える。これ1本あればどこにでも行ける。こういうのだよ、こういうのを探してたんだユニクロさんよ。


このとき僕は確信した。
この人生は「ちゃんとしてる風に見えるスウェット」を探す旅だ。

そのために今日まで鬱屈した生を生きてきたのだ。使命めいたものさえ感じてしまう。僕の命は今まっさらに洗濯され、手元のコンパスは新たな方角を指し示している。周りの草木は芽吹き花をつけ、僕の新しい門出を祝っている。

軽く着心地の良いスウェットでどこまでも羽ばたいていけそうだ。隣にいるユニクロイメージモデルの綾瀬はるかはそんな僕を見て微かに微笑んでいる。そんなはるかを見て僕は言う。

「これがホンマのLife Wearやな!違うか!」




ふと我に返った僕はコーヒーショップにいた。飲みかけのアイスコーヒーは氷が溶け出し、カップの中でグラデーションを描いている。

勢いよくコーヒーを飲み干した僕は、ダボダボのスウェットで店を出た。











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