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二郎をたずねて三千里

先週の日曜日は奥さんがお出かけしており、家には僕ひとりだった。
奥さんがいない間、何をしようかと前日の土曜日から考えていた。どうせならひとりの時にしかできないことをしたい。

土曜日の夜中はやたら腹が減っていた。
夕食にしては早めの時間にすき家のうな牛を食べた。口内でうなぎ(の旨味)はすいすいと泳ぎ回り、牛(の旨味)はモウモウと美声を響かせた。

うなぎと牛丼がほんまに合うんかい、などとすき家開発部の皆さん並びにCMに出演している石原さとみに疑いの目を向けていたことを恥じた。さとみが旨いというのならそれは間違いないのだ。

ただ至福の時間は束の間だった。早い時間に食べたため夜中には消化が完了してしまった。しょっぱいものが食べたかったが、冷蔵庫の中には惹かれるものが見当たらなかった。

唯一袋麺(坦々麺)があったが、夜中にラーメンを食うという大罪を受け止め切れる自信はなかった。かなり迷ったが。

迷っている間、最近近所にできた冷凍ラーメンの自販機のことを思い出した。二郎系から家系まで、日本全国津々浦々の有名店のラーメンを販売しているらしい。

今ここで坦々麺をあきらめ、空腹がキャリーオーバーした胃袋を以て有名店の二郎系をすすりあげれば、それはもう至福の時間を迎えられるのではないか、という考えがむくむくと立ち上がってきた。

そうと決まれば話は早い。さっさと布団の中に潜り込み、空腹をさすりながら眠りに落ちた。


日曜日は昼前に起きた。テレビをつけると世界陸上の中継をしていた。100m×4リレーの決勝。国の威信をかけて疾走するアスリートたち。

色んな人生がある。世界一を目指して走らんとする画面上の彼らと、自販機ラーメンを目指して身支度を済ませんとする私が同じ時間に生きているのだ。

以前ならその落差に自尊心を傷つけていたかもしれないが、今はもう何も感じなくなった。身近な人と比べてショックを受けることは未だにあるが、世界トップレベルのアスリートとは張り合っても仕方がない。

何せ向こうは100mを9秒で走るのだ。僕が自尊心を傷つけている間に彼らは遥か彼方まで走り去っていくだろう。

諦念なのか達観なのか知らないが、少しは生きやすくなったのかもしれない。大人になるのも悪くない。

ゴール間際で競り合うアスリートを見て思わず大きな声が出る。僕は根暗だがスポーツを見るのは意外と好きなのだ。

そろそろ自販機に向かおう。僕はアスリートよろしく玄関を飛び出した。


クルマのガソリンが残りわずかだった。まずはガソリンを入れなければ。僕の家の周りはガソリンスタンドがない。遠回りになるが、ガソリンスタンドで給油してから、二郎系にトッピングするもやしをドラッグストアで購入し、自販機に向かうことにした。

腹が減っている。スタンドまでの道がとても長く感じたが、何とかたどり着いた。急いで給油を済ませ、次はドラッグストアに向かった。

店に入りもやしを引っ掴む。急いで購入し店を出る。「3000m障害」ならぬ「100mもやし」という競技ならば世界を狙えるかもしれない。

このまま自販機に向かう。ついに二郎系と対面できる。期待を膨らませアクセルを踏み込む。エンジンが鈍い音をあげる。

しばらく走ってようやく自販機がある施設の駐車場に到着した。すぐに自販機を発見した。休日ということもあり人通りが多い。

ラーメン自販機という少々特殊なアトラクションの前で立ち止まることが少し恥ずかしいような気持ちになった。だがここで引き下がっては何のためにここまで来たのか、と無理やり自意識を羽交締めにした。

自販機の目の前にはおじさんがいた。物珍しそうに自販機をしげしげと見ている。確かにラーメン自販機は珍しい。だがおじさん、買う気がないのなら早くそこをどいてくれないか。

僕は空腹のあまりイライラし始めていた。ようやくおじさんが自販機から離れ、僕はすっと前に進んだ。

おお、確かに有名店のラーメンが並んでいるではないか。どれも美味しそうだ。だが今日の僕は二郎系まっしぐら。1000円札を投入し、商品が選択できるタッチパネルに目をやった。


「売り切れ」


無意識にFワードが口から飛び出した。自販機の前で愕然とする。
気づかないふりをしていたが、前日から嫌な予感はしていた。当たらなくていい予感ばかりが当たる。

とにかくここにいても二郎系は手に入らない。ラーメン自販機の前にずっと立っているのも恥ずかしい。恥ずかしさの冷や汗なのか悲しみの涙なのか分からない汁を流しながら、僕は駐車場に引き返した。


車内で一通り愚痴と文句を垂れ流した後、これからどうするか考えた。今日僕はもう二郎系の口になってしまっている。二郎系を食べないと引っ込みがつかない。このままではどんよりした気持ちのままどんよりした月曜をどんよりする羽目になる。

いったん家に戻り冷蔵庫にもやしを放り投げ、再びクルマに乗り込んだ。そのまま近くのセブンイレブンに向かった。

セブンに行けば冷凍の二郎系が手に入るかもしれない。高価格高クオリティのセブンであれば、僕の飢えを満たす一杯と出会えるに違いない。その一心でセブンに飛び込んだ。


つけ麺しかないやんけ


頭の中でブチンと音がした。空腹でイライラが頂点に達した。

なんで二郎系おいてへんねん。どうなっとんねん。それを口にしてしまえば完全なるクレーマーだが、そこまでの勇気は僕には無い。

歯を食いしばりながらセブンを後にし、ローソンに向かうことにした。ローソンに無ければいよいよ詰んでしまうだろう。泣きながらもやしにチューブにんにくぶっかけて食うしかなくなる。

祈るような気持ちでローソンに入った。
あそこの棚にはない。ここにもない。

ああここまでかと思った瞬間、僕の目に派手なカラーリングの外袋と「豚そば」の文字が飛び込んできた。あった!!!!!!

嬉しさのあまり思わず2袋を購入した。袋麺を2つ持ってニヤニヤしている男のことをレジのおじさんはどう思っただろうか。

家に帰るやいなや早速調理に取り掛かった。普段の生活スピードでは考えられない速さでラーメンを完成させた。そのまま流れるように食べ始める。

うまい。うまい。うまい。この身体に悪そうな感じ、最高である。最低で最高である。


夜になり奥さんが帰ってきた。
二郎系を巡る一連の流れを熱っぽく話した。彼女は珍しい生きものを見るような顔でこちらを見ていた。虚しくなるから夫をそんな目で見るなよ。












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