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プレイボール
スマホが空気を読まずにがなり立てる。スヌーズ機能は人類が発明したものの中で最低レベルに不愉快だ。
毎朝ベッドから起き上がるまで30分はかかる。それまで開かない目でネットニュースを見るのがいつものことなのだが、最近は "アイツ" の話題で持ちきりだ。
「オオタニ、またホームラン!」
派手な見出しと美しいスイングが寝起きの目に沁みる。同い年が海外で誰も成し遂げていないことをやってのけている。気が重くなる。
「人間は平等ではない」と気付いたのはいつだっただろうか。
*****
ヤツは今、海の向こうのスタジアムで大歓声を浴びているのだろう。
オレはというと、汚いバッティングセンターでオッサンからクレームを浴びている。
「なんで金入れてんのにボールが出ねーんだよ!」
27歳フリーター。3年ほどバッティングセンターでバイトをしている。ちなみに野球の経験はほぼない。
ボロいバッティングセンターのため、マシンの不調はよくある。何度も修繕しているうちに機械に詳しくなった。改造もお手の物だ。
「ざまぁみやがれ」
打席に立ったオッサンに150kmの速球が襲う。オッサンが反応できる訳もなく、ボールはバックネットに叩きつけられた。
「すみませーん。お怪我ありませんかー?」
オッサンは腰が抜けてその場にへたり込んでいた。少しやりすぎたかもしれない。オッサン、ごめんな。
*****
「おい、お前」
背後から声がした。振り向くと同い年くらいの男が立っている。右腕の肘から下が無かった。
「お前、オレとこれに出ろ」
そう言って差し出してきたのは一枚のチラシ。派手な色で「ピッチングマシン甲子園」と書かれている。プロの打者を相手に、改造したピッチングマシンで勝負する大会らしい。
「なんでオレが出なきゃいけないんだよ。ていうかお前誰だよ」
「マシンを改造してること、お前の雇用主に言ってもいいんだぜ?クビになるとマズいんじゃないの?」
確かに時給900円を失う訳にはいかなかった。
それに "アイツ" をぶっ倒せるかもしれない。
チラシの中で、腹が立つくらい爽やかな笑顔を浮かべるオオタニがいた。
*****
太陽の光が目に突き刺さる。グラウンドには多くの選手が集まっていた。大会は勝ち抜き戦で、5人に勝てば特別招待されているオオタニと勝負ができる。
男の名前はサイトウといった。右腕は事故で失ったらしい。かなり野球が上手かったらしいが、右腕の影響で辞めたそうだ。
1人目との対戦が始まる。野球選手とはいえシーズンオフ。隙をつけば勝機はある。
オレはマシンの操作、サイトウは配球を考える役割だ。サイトウの指示のもと、ボールを調整する。
マシンがうなりをあげながら1球目を投じた。
150kmのカットボールがインコースぎりぎりに突き刺さった。
*****
この日のために整備したマシンは完璧な仕上がりだった。サイトウの配球も冴え渡り、次々と強打者を打ち取った。高揚感で身体が熱い。
5人を打ち取った後、"アイツ" が姿を見せた。急にサイトウが走り出した。
「おい、オオタニ。久しぶりだな」
「サイトウ…身体は…」
「まだ引きずってんのかよ。それより今日はお前をぶっ倒すからな」
一瞬はっとした表情を浮かべたオオタニは、口を真一文字に結んだ。
「スタンドまでかっとばしてやるぜ」
戻ってきたサイトウにオレは反射的に尋ねていた。
「オオタニと知り合いなのか?」
*****
サイトウとオオタニは幼なじみだった。違う高校に進んだ2人はエースとして、同じ甲子園予選大会の決勝にコマを進めた。2人が戦う試合前日、悲劇が起きた。
サイトウが交通事故に巻き込まれた。それも、自動車に轢かれそうになったオオタニを庇って。右腕を失ったサイトウは野球を辞めた。
「なぜオレが事故に遭わなければいけなかったのか、今でも考えることがある。どんな形であれオオタニと戦って勝てば、あのとき止まった時間が再び進むような気がしたんだ。だからお前を見つけたとき、強引に大会に参加させた。悪かったな」
「オオタニは自分を責めてた。オレはオオタニに『オレの分まで頑張れ』と言い続けた。葛藤もあっただろうが、アイツは努力し続けた」
*****
オレはこれまで、大した目標もなく生きてきた。「何かに向かって進む人」に嫉妬していた。目標のない自分への失望に気づかないフリをして、必死に頑張っている人を揶揄してきたのだ。
オオタニは葛藤の中でも努力し続けてきた。そんな男をバカにする理由はどこにもなかった。
最初は嫉妬心からオオタニを負かしてやろうと思ったが、今は違う。勝負を楽しんでいる自分がいる。そんな気持ちが自分の中にあるなんて思いもよらなかった。
勝てば何か変わるのではないか、そんな予感がした。自分のために、何かを変えるために、勝負に勝ちたいと思った。
*****
オオタニが打席に立った。放たれるオーラにスタジアム中が息を呑んだ。
勝負は一瞬。初球だった。
すさまじいスイングでボールは放物線を描いた。
「やっぱやべーな、アイツ」
サイトウは笑っていた。呆れたような、誇らしいような、晴れやかな表情を浮かべていた。
彼の人生は再び動き出したのだ。
*****
「またボール出ねぇぞ!」
オレは相変わらずバッティングセンターでクレームを浴びている。そう簡単に人生は変わらない。
「オオタニ、またホームラン!」
テレビの中のアナウンサーが日本人選手の活躍を報じる。
「相変わらず腹が立つヤツだな」
「…オレももう少しがんばるか」
そう呟いてマシンの方へ歩き出した。
※この物語はフィクションです
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