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皆きっと何者かになるために

 『きっと何者にもなれないお前たちに告げる』、言葉がまるで私一人に向けて放たれたかのような衝撃を感じた。あれから何年が経ったか、その余韻は未だ消えずにいる。むしろそれは強力な呪縛のようになって、今更私の体を蝕み始める。まったく、劇場版が公開されたタイミングだと言うのに…。 
 
 いつ死ぬかもわからない人生で、最終的なクリア要素は何なのか。人生にはRPGゲームでいうところの"ラスボス"のように明確な討伐目標がない分、人生をどのように進めていくのかは非常に不透明だ。とりあえず目の前のモンスターを倒しながらフィールドを歩き回る勇者候補の皆様は、次第により強力な武器を手にして、とりあえず次なる討伐目標を見つけては、隣の隣のインスタ映えする青い芝へと移ってゆく。

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 お前はきっと何者にもなれない、という事実は案外早い段階でアナウンスされる。コンクリート造りのどんつきの袋小路にて、これ以上進めないな、と悟る時がある日突然来る。なんとなく目の前に現れるモンスターをなんとなく討伐しながら闇雲にフィールドを歩き回った結果、不思議のダンジョンはリレミトも効かない無限の迷宮と化す。

 画面の向こうの知らない誰かが、ラスボスを倒してゲームクリアを成し遂げたことを知らせる通知。横たわる竜王の死体と撮られたツーショットにはたくさんのいいねとコメントが付いている、それは吐きそうなほどにやたら輝いて見える。誇らしく満面の笑みを浮かべる勇者の顔が徐々に歪んで、悪魔神官のような邪悪な笑顔に変わっていくようだ。みすぼらしい棺桶の小窓からそれを見ている自分は、一体なんのために生まれてきたのだろうか。いや、こんな色眼鏡をかけてしまった自分は何なのだろうか。
 

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 人間は皆そんなものである。大半の勇者候補はどこかで、自分が勇者の資質に足らないということを知る。SNSで他人の人生や思想を容易く覗き見できる時代、空っぽな自分と比較することが日課になった私たちは、まるでスペランカーのようにちょっとした段差でも足を挫いて転倒し、大きくて軽い音を立てる。

 プライドと承認欲求はどんな切れ味の良い剣を持ってしても滅せない。スライムのような弾性とゴールデンスライムのような硬さ、ちょっと勇者候補の方、この厄介なモンスターを討伐してくださらない?もう私には手に負えないわ。

 何者にもなれない私が、何者かになろうとするための過程をここに

 

 

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