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人の好みについて

 鳥フェス神戸に行ってきた私の昨日の日記はこうだ。

鳥フェス
 書くまでもないけど、高専にいたときまでは、一人で買い物とかできなかった。いつから、どうしてできるようになったのか、考えてみたけど分からなかった。高専の先生たちは、私が入学前の私じゃないことを知っている。分かってくれている。でも、今の学校の先生はどうなんだろう。…ま、仕方ないか。

五月八日

 これ以上でもこれ以下でもないけど、これを書くときに考えたことは、「高専の先生たちには自分が成長したことを伝えているけど、今の学校の先生たちには何も言っていないから仕方ない」ということ。

 ところで、今は昨日買ってきたハチ(米津玄師のボカロP時代の名前)の「花束と水葬」にある「clock lock works」をエンドレスで聞いている。そこでびっくりした。

「仕方ない」と 膝立てて
部屋の隅っこで小さく罵声を吐く
何処でもいい 連れ出して
王子様なんて 来るはずもなく

clock lock works

 「私のことを言っているのか?」と思った。こんな歌詞もある。

心の奥底には 鍵をかけた扉
「馬鹿げてる」 そう言い聞かせては
ノックの音を無視した

「下らない」と 嘘いて
それでも誰かに気づいて欲しくて
冷たくて 触れたくない
いつまで経っても鍵は開けられずに

 ちょっと話が変わるけど、関係あることに繋がっていくと思うので書く。昔、チャレンジタッチをしていた頃、まなびライブラリーというところで本がほぼ無限に読めた。新しい本をよく読んでいたけど、「この本にしよう」と決めて読んでいくと、3分の1の確率で緘黙の子とか、喋るのが苦手な子の話が出てきていた。嘘のような本当の話。

 ここまでエンドレスで15回ぐらい、「clock lock works」を聞いてきたけど、もともとは、ボカロの声だと米津さんの声より高いから、カラオケで歌いやすいかなと思って聞いていたんだった。

 何が言いたいのかというと、自分が好んで読んだり聞いたりしている作品は、自分でも気づかないうちに自分の気持ちを反映していると、私は考えているということ。

 ハチの話になってしまったけど、今、精神的に不安定で何もかも休んでいるので、そういうときに考えた記録として残しておく。

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