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#8 大敗して時間切れ ロンドン就活、せざるをえない軌道修正。


【DayXX】End of Aug 8月終わりのロンドン郊外

ロンドン行きの列車がやってくる駅。一人列車を待つ。内ポケットにはついさっき稼いだ1500ポンドの小切手がある。
誰もいない、屋外のぼろぼろのベンチ。相変わらず曇った空を見ながら私は静かに泣いていた。

ロンドンへ来て以来、初めて泣いた。列車がくるまでの間、そうしていることを自分に許した。なにせ、日々は続く。私はこれからも、明日も明後日もやってくるのであろう日々に立ち向かわねばならないのだから、列車がくるまでの間は泣いてもいいだろう、と少しも論理的ではない理屈で泣いた。

ロンドンへ戻ると、例のHostelへ改めてチェックインをすませ、すっかり手慣れた貴重品管理作業を手早く終えて、PCを開いた。

100万回泣いても、状況は何も変わらない。
この2か月、おおよそ70社ほどにCVと呼ばれる履歴書を送り、電話が鳴ったのは1社。ビザの種類を問われ答えると「sorry」 と言われて切れたあの電話だけだった。

70社以上にCVを送って得た事実は、

“私が行きたい世界は私を必要としていない。”

私は70社に負けた。70連敗中だった。ロンドンへ来て5か月間、挑み続けた結果は大敗だった。これ以上同じことをしても同じ結果であろう。そんなことは統計学を勉強していなくったってわかる。
つまり、時間切れをむかえたのだった。

そして、「sorry」と言われて切れたあの電話を思い出す。
応募職種は、ヒースロー空港 Duty free shoppers のバイヤーアシスタントポジションだった。
電話は30秒で切られたが、この1社は他の69社よりも格段に就労実現に近かったのだ。
69社に負けようと、この1社にフォーカスできるのが私のいいところである。事実、就労先は1社あればいいのだから。

私は何度も読み込んだCVを改めて眺めた。客観的に見れば見るほど、希望職種に対してのスペックが低い。「sorry」と言った彼は、このCVのどこから、私へコンタクトをとったのだろうか。応募条件を改めて眺める。

・Foreign language favorable.(Chinese/Japanese, etc..)

(外国語対応できる人物が望ましい、特に中国語、日本語)

応募条件で唯一、ネイティブスピーカーではない私が、その出自ゆえに有利な条件。CVを見る限り、この条件以外におそらく他の候補者に比べて秀でたものは何もない。

日本語を使う仕事はしたくないと思っていた。イギリスにいる間、もう一切の日本語を話したくないと思っていたが、今私が持っている武器と呼べるべきものはそれしかない。他の武器とおぼしきものを大げさに見せてなお、大敗したのがこの2か月の答えだ。

再び【Indeed】を開き、【Foreign language】【Japanese】【cosmetics】とキーワードを入れて、画面をスクロールしていく。


・6 months to 8 months contract on board Duty free shoppers sales consultant(beauty / perfumist)

(6~8か月の契約社員。On board(乗船)免税店販売コンサルタント(化粧品/香水担当)


On board? 何に? 
企業のホームページへ進むと、企業名が浮かび上がるそのバックに、水飛沫を上げ群青の海を進む巨大な船体の舳先が数秒遅れて現れた。


船。

船だ。

2000人~4000人を乗せ世界を行く、いわゆる豪華客船。

調べてみると、豪華客船の中にはDuty free shop が入っているらしい。
なぜならその船内は、イギリスであって、イギリスではない。
いわゆる国際空港のイミグレーションを通った後のように、免税の世界となる。

空港では、出国手続きの先で購入されるものは他国で消費する、という立て付けから、自国の消費税を免税としている。
客船ではイミグレーションこそないが、航路がある。
陸を離れた船の航路に、他国が含まれる場合、船内で購入されたものは他国および船内で消費される。
そして、他国を含む航路にいる船内はイギリスではないという立て付けから船内にはDuty free shop がある。
余談だが、Duty free Shopといえども、厳密にいうと、内海であるEUのEuropean water 内の航路、例えばイギリスとドイツを往復するだけの航路では、免税効果は発揮できず、免税ではないただのShopとなる。

私は応募要項を読み込んだ。
・履歴書
・レファレンスレター
・全身写真

全身写真? 今日日なかなか古典的な企業である。”Duty free shoppers sales consultant” とはどんな見た目がが望ましいのだろう。

待遇
・Free Accommodation(無料の宿泊先)
・Free meal(無料の食事)
・Uniform(制服あり)
・Commission(売り上げに対するボーナス)
・No tax(所得税の免税)
・World travel(世界旅行)

”World travel”

私は再度自分のCVを眺め、ゆっくりと編集・加筆を始めた。

“Have strong passion to work related beauty over the world water.”、、、、


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