書評─生環境構築史宣言|松田法子 (協力:青井哲人、中谷礼仁)

書評_007
ファッションにおける展開をヒントに構築4を考える

松川研究室M1 佐野虎太郎

書籍情報
著書:生環境構築史宣言───生環境構築史WEB・準備号、2020年
著者:松田法子 (協力:青井哲人、中谷礼仁)

 「生環境構築史宣言」は人類の構築活動の歴史を検討し、来たるべき構築様式について考えるため、生環境構築史同人によって発足・提唱された「生環境構築史」および「生環境構築史学」について、その研究活動の指針を明らかにしたテキストである。初出は『現代思想』Vol.48-5(青土社、2020年)に掲載された「生環境構築史宣言」。

 著者である松田法子は、建築史・都市史の研究者である。京都府立大学大学院 生命環境科学研究科にて教鞭を執る。主に近代日本の巨大温泉町の形成とその社会・空間構造や、国内外の沿海低地部における都市・集落形成と水・低地との関係について調査研究を行なっている。
同じく生環境構築史の研究グループに所属する青井哲人は、明治大学理工学部に在籍する、建築史・建築論の研究者である。主にアジア都市史・住宅史や近代神社の建築史について研究を行なっている。
また中谷礼仁は建築史・歴史工学の研究者である。早稲田大学理工学術院建築学科において教鞭をとり、主に千年続いた村研究、千年村プロジェクトやユーラシアプレートの境界上の居住文明調査を行なっている。
 彼らはこの研究グループを以って「生環境構築史同人」と名乗り、のちに解説するヒトによる生環境の構築様式を移行させる動因の解明と、構築様式の組成検証を行いながらその歴史的理解をはかることを目的として活動している。

 本論考は8つの章によって構成されている。
第一章「現状認識」では、生環境構築史発足の背景について説明する。
近現代における構築技術の飛躍的な発展をもってヒトは、この地球という惑星上で居住可能な環境を作り上げてきたが、昨今の環境問題において明らかなように、絶えず変化する地球でヒトは生存のための構築様式=Building Modeを移行させなければならないことを提唱する。

第二章「生環境構築史とは何か」では「生環境構築史概念図」を用い、その概要を説明する。
著者らは、ヒトが棲みつくため地理的歴史的条件に応じて展開させてきた構築のあり方を構築様式=Building Modeと名付け、その変遷を見取り図にまとめる。

生環境構築史概念図-説明図用-日本語

生環境構築史概念図(中谷礼仁、松田法子、青井哲人 作図:徐子 XU Zi)
https://hbh.center/webconference/P42.html より引用

第三章「5つの構築様式」では、概念図において登場する様式0〜3の4つの構築様式について、それぞれの具体的な展開について解説する。
以下にその4つの様式について簡単にまとめた。

構築0は、構築様式の発生源である地球そのものを指す。
構築1は、構築0=地球から素材を取り出して即地的に生環境を構築するものである。
構築2は、素材を交換・流通させ、経済を駆動するもの。
構築3は、生環境構築を最大限に拡張し、グローバル資本主義や核開発、宇宙開発と紐づいて最後には構築0=地球からの離脱を目指す。

第四章「生産様式・交換様式から構築様式へ」では、マルクスによる「生産様式」と柄谷による「交換様式」と「構築様式」の概念定義の異同を明示する。
構築様式は資本やヒト間の物質交換の仕組みを前提とした関係性にとどまらず、地球上の物質の循環・再配置と人類の歴史・社会的関係を対象化しようとする試みだと提唱する。

第五章「生環境構築史の主体」および第六章「構築3が指し示す暗闇」、そして第七章「構築3と構築0の関係」では、西洋中心主義の人間像によって生み出された近代的な構築様式・構築3の進む先において、とめどなく資源を消費し地球を廃棄物たらしめる未来を示唆し、構築3の先鋭化からの脱却の必要性を訴える。

最終章「構築様式4の樹立の必要性、グレートブリコラージュ」では、レヴィ=ストロース『野生の思考』を引用し、構築3を乗り越える手法として構築0や1に回帰するのではなく、構築0から3のすべての構築様式をの再配置と再活用=ブリコラージュを通して構築0と人類の生環境構築活動との間にダイナミックな平衡関係を築くための構築4「グレート・ブリコラージュ」の樹立を提唱する。

 本書評の筆者は松川研究室に所属し、アルゴリズミックデザインとファッションを専門として修士研究を行なっている。昨年より地球は未曾有のパンデミックに見舞われ、過剰生産/グローバル展開依存型のファッションシステムは決して少なくない影響を受けた。
元来から存在していたもののゾンビ化したシステムが放置してきた、物理的な資源問題や物流問題が露呈するなか、近年「ヴァーチャルファッション」や、主に菌糸体などを用いた「バイオファッション」が盛り上がりを見せている。
 ヴァーチャルファッションは物理的に着用することはできない。しかし、NFTの勃興や外出自粛期間〈クアランティン〉の煽りも受けて、実際には着用できない、あるいは人間には縫製不可能だが、だからこそ重力に逆らったり地球のルールを無視した表現が可能なヴァーチャルファッションに、生身のセルフィーを「コラージュ」するファッションの楽しみ方が爆誕している。

 本論考においては、生環境構築史学は物質環境を主眼に置き、人間の居住可能領域の構築手法についての人類学的研究がなされることが宣言されている。しかし、昨今のコロナ禍にともなうヴァーチャルワールドの盛況を鑑みるに、デジタル空間ももはや生環境と呼べるほどヒトの生存にとって重要度をもった空間になっていると考えられる。デジタル空間での制作活動が、ただ構築3の延長ではないとするならば、複数世界に対して起こる構築様式にも構築4は潜んでいるかもしれない。

 また衣服が最も身体に近い生環境の構築物だとするならば、ファッションシステムにおける構築4は、資源そのものをデータに変換し、デジタルコラージュをもって構築3の所在を転換すること、あるいは非・人間な協力者であるローカルな菌糸体やゴミを原料にした即地的なテキスタイルを用いた衣服を、惑星規模のアルゴリズムを使って地球上に配置し、経済を駆動すること、などにヒントがあるのではないか。


参考文献(すべての最終閲覧日:2021/7/6)
https://kiito.jp/people/matsudanoriko/
https://www.meiji.ac.jp/sst/grad/teacher/03/01/6t5h7p000001c7l0.html
https://rhenin.wordpress.com/my-profile/
https://hbh.center/about-hbh/
https://www.10plus1.jp/monthly/2019/10/issue-03.php
https://ftn.zozo.com/n/n77570f9494bf



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