小清水志織

本音で嘘を書いているひとりです。小説、詩など好きなものを。

小清水志織

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マガジン

  • 蒼生のレファレンス

    世界を知りたがる少女と、世界を知りたがらない青年。 星《ルーレタ》の導きによって結ばれた二人が不思議な事件に立ち向かっていく、異世界謎解きアドベンチャー。

  • 詩集

    note をはじめたころから貯めてきた詩をまとめています。

  • 連載小説『言葉くづし』

    言葉では打ち消せない想いが、きっと真実。

  • 夏炉冬扇(中断)

    大変申し訳ありませんが、制作の途中で挫折してしまい、更新をストップいたしました。別のかたちで最後まで書き直したものが、連載小説『言葉くづし』(サイト内マガジンのひとつ)です。よければそちらをご覧ください。

  • 魂の読書感想文

    読書記録と感想、プラス魂。

最近の記事

17. 決闘

エルが天井高く跳躍した。 空気のざわめきと硝煙のゆらぎが彼の輪郭を曇らせる。 アルファルドは銃を高く掲げ、発砲する。 銃声。四方に飛び散る血液。 その場にある時間と空間のすべてが、彼らのために動いていた。 エレナは耳をつんざく音に怯えて、顔を地面に伏せる。 彼女が信じる男が血を流して斃れる様が頭をよぎった。 しかし、その瞬間に、エレナは強烈な力によってアルファルドの魔の手から引き剥がされていた。 「っ……!?」 エルは、腕を銃弾で撃ち抜かれてもなお、そのまま短刀を振り下

    • 16. 〈もつ〉者と〈もたざる〉者と

      こんな匂いを、エレナは知っていた。 十年前、深夜にベッドの上で目覚めたとき,大好きなマホガニーの芳香は消え失せて、その代わりに肉が焦げた匂いが邸宅に立ち込めていた。 当時、いまよりも背の低かった彼女は、異変を感じてベッドの上を半ば転がるように滑り降りると、隣で眠っていたはずの女中を探して寝室のドアを開けた。 目の前の光景に、エレナは言葉を失った。 そしてすぐ、身体に容赦無い熱気を浴びることになった。 天の雷が寄ってたかって、ローゼンハイム家に落ちてきたのではないか。

      • 15. ペガススと騎士

        はるか遠くで弾けた爆音は、エルたちのいる宿舎の敷地にまで鈍く響き渡った。 「まさか……?」 カペラと表に駆けだしたエルは、西方につづく坂道の上から高く火の手が上がっているのが見えた。 「あの場所は……。《ウラヌス》!」 エルは全速力で走り出した。後ろからカペラの呼び止める声が聞こえたが、振り返ることなく人の群れを縫うように進んだ。 私立ミレトス学院の生徒もよく利用するその喫茶店は、美味しいと評判のコーヒーと、店長アルファルド・モーンの気さくな人柄によって街の人に愛さ

        • 14. 裏切りの星

          エルとカペラが会っていたのと同時刻。 エレナ・ローゼンハイムは長い凸凹の坂道を登って、喫茶店《ウラヌス》の洒落たドアを押し開けた。ドアの隙間からリスのリゲルがさっと走り抜ける。チリンとベルの音が鳴ると、すぐに店長が手を振って出迎えてくれた。 「エレナちゃん。祭りの夜、大変な目に遭ったと街の人から聞いたよ。ケガの具合はどうだい」 「店長ありがとう。まだ顔の火傷が痛むけど、だいぶ治ってきたわ」 緑色のケープを脱いで、浮き上がった皮膚を照明の光にかざしてみせる。店長は顔をしか

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        • 蒼生のレファレンス
          17本
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          22本
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          10本
        • 魂の読書感想文
          8本
        • そして誰も来なくなった
          22本

        記事

          葉桜

          伝えたい言葉は春の訪れと一緒に 背伸びした青空へ吸い込まれていった 咲きはじめだけが取り柄の桜のように きつく吹いた風に負けてしまいそう 本物のお姫様になりたくて はりぼてのお城に棲んでいる そんなの「かっこわるいよ」と わらう君がいる わたしがいつもとおんなじ 「元気」で在るために 並べた噓八百 浮かべた笑顔を いまだけは 忘れていいかな 葉桜 まだらに複雑に 色づく姿のまぶしさが なんだか とてもきれいに見えるよ 葉桜 取りこぼした朝日を 追いかける一途な哀しさが

          13. カペラの追憶

          カペラ・オリーヴェの部屋にエルが訪れたのは、午後の授業が終わった夕方のことだった。 早くもあの事件から一か月たち、殺気立っていた街の空気は徐々に緩まりつつある。カペラが重苦しい防弾チョッキをさっぱり脱いで、お気に入りの生成色のブラウスだけで登校できたのも、実に久しぶりのことに思われた。 しかし、穏やかになりつつあったカペラの神経を逆撫でしたのが、他ならぬエルクルド・エーフォイの訪問であった。彼女は学院随一の優等生らしく腕をきつく組み、三白眼で土下座するエルを睨みつけている

          13. カペラの追憶

          12. 守れなかった朝を迎えて

          空気の透きとおる朝。雲ひとつない秋晴れの空にむかって硝煙が立ち昇っている。 エルは熾きがくすぶる公会場の真ん中に独りで立っていた。死体のほとんどは女性、子ども、老人だった。五十人は下らない数の人間が、わずか十数分の間に生命を奪われた。死体や瓦礫を運ぶ荷車の列が、まるで葬列の予行演習のように思えて、エルは目を逸らした。 「やっぱりここに居た」 後ろから声をかけられて、はっと顔を上げる。 「もう起きていていいのか。顔を火傷したようだったが」 エレナは眉を下げて笑ってみせ

          12. 守れなかった朝を迎えて

          11. 孔雀明王

          降り注ぐ火の粉が公会場を昼間のように照らしていた。割れる火炎瓶。絶え間ない爆発音。逃げ惑う観客や聖歌隊。鼻が曲がりそうな、人の肉の焼けた匂いが立ち込める。 恐慌状態では皆が自己を優先する。幼い子どもが無惨に踏みつけられても、その母親は我が子の安否を確かめる余裕すらない。すし詰めになった人間どうしが一斉に動き回れば、行き着く結末は悲劇しかない。 たちどころに人間の雪崩が起こり、何百という者が将棋倒しになる。さらに追い打ちをかけるように、押しつぶされた人間を猛火が容赦なく呑み込

          11. 孔雀明王

          10. 分天の祭り

          豪華絢爛、という言葉が今日ほど似合う日も少ないだろう。 錦糸の刺繍が施された紅麻の帷子を身にまとい、客を接待する女たち。 村の若衆は早くも紹興酒が回り、千鳥足で歌い、踊る。 都市庁の高官は冠にあしらった宝石の美しさを自慢している。 ふだん贅沢には無縁の農民たちも、この日ばかりは髪を整え、化粧をし、一張羅を着こなして街に繰り出す。 帝国民にとって一年に二度だけの楽しみ、分天の祭りの夜がついに到来した。 正装姿のハマル神父のそばに、可憐なホワイトドレスが際立つエレナが立ってい

          10. 分天の祭り

          9. 光と闇の狂宴

          「だっさ。こいつが強盗を倒したって大嘘ね」 梯子から滑り落ちて頭を抱えているエルを見下ろしてエレナは言った。 「それで? 《ヘデラ・ヘリックス》の意味は何だったの?」 「……。もうちっと相手を心配しても罰は当たらないと思うが」 ぶつぶつ文句を言いながらエルは一冊の古書をひらいた。 「私は焦ってるの! ユーリア人は今みたいに差別される対象じゃなかった! 支配層のガリシア人はもちろん、敗戦国のザクセン人からも白い眼で見られて、意図的に教育や就職の機会を奪われてる……。あ

          9. 光と闇の狂宴

          8. 雷撃王の恐怖

          「本校が建っているハレーという地域は、五百年前まで城塞として利用されてきた。北側には当時から商業の中心地であったウノ市街を見下ろせ、隣国と国境を接する他の三方は天然の断崖によって守られている。しかし、孤立した自然環境は文明の発達を遅らせ、前時代的な卜占や精霊信仰によって村落が運営されていたという。当時ハレーの大半を占めていた民族こそ、君達のよく知っているユーリア人である」 ピーコック先生による帝国史の講義は不人気だ。五十人規模の教室で居眠りする者が何人もいる。起きていても大

          8. 雷撃王の恐怖

          7. 天に近づく秘密

          その日は夕暮れと同時に激しい夕立となった。 エルは図書館の仕事を終えると休む間もなく女子寮へ走った。寮の入り口にぽつんと明かりの灯る守衛室の前で、エレナ・ローゼンハイムは仁王のような顔をして傘を差していた。 「そこの暴漢。門より先は男子禁制よ」 白と黒を基調とするボウタイブラウスにネイビーのスカート。膨らんだブロンズの髪の毛が長く肩に垂れている。エレナが濡れた草地を大股で進んでいくのを、エルは黙ってついて行った。足にバネがあるように地面を蹴る、不思議な歩き方をする少女だと

          7. 天に近づく秘密

          6.同族の誼(よしみ)

          「調べてないってどういうことよ!」 エルは髪の毛を逆立てて怒る女性というものを初めて見た。エレナがカウンターを挟んでダビィに激しい抗議の声を上げている。後方の事務職員たちは困り顔で座っているが、トラブルに巻き込まれぬようわざと押し黙っていた。 「事件があった日に『裏の市』で買い物をした客のリストですけどね……。俺たちは新聞記者でもなければ都市庁でもないから、調べる方法が無いんですよ。それに市場の商人だって全ての客を覚えてないと思いますよ?」 みるみるエレナの深い緑色の瞳

          6.同族の誼(よしみ)

          5.たぶん運命の出会い

          乳白色の朝日がカーテンを柔らかく照らしている。薄い雲のヴェールに包まれた空の下を鳶がゆっくり旋回する。気温がぐっと下がったせいで、エルは毛布から這い出るのがとても億劫だった。 肌を引き締めるほど冷たい空気のなか、エルは汚れた下着を脱ぎ捨てた。角ばった細身のシルエットが暗やみにうごめく。肉体に刻まれた生々しい傷痕は、アラベスクにも似た幾何学模様を作っている。 清潔なシャツに着替えたあと、エルは家政婦のベガから支給された図書館職員の制服に袖を通した。動きやすいラカイユ麻で織っ

          5.たぶん運命の出会い

          4. ニアミスの二乗

          たなびく雲の合間から、白沙を撒いたような星たちが瞬いている。 すっかり夜が更けた「裏の市」の石畳のうえを古びたランタンがひとつ揺れている。 明かりを持ち上げると、外套を羽織ったエレナ・ローゼンハイムの端正な顔が闇に浮かび上がった。ロングスカートの裾から冷え切った秋の夜風が忍びこんでくる。 「本当にこのあたりで間違いないの?」 エレナは前方を走るリゼルにむかって囁いた。リゼルはときたま石畳の表面の匂いを嗅いだり、すこし休んだりして古い路地を進んでいく。なかなか事件現場らしき

          4. ニアミスの二乗

          3. ハマル神父

          エレナが坂道を駆け下りるほんの少し前、エルは守衛たちの追跡を逃れて同じ坂道を登っていた。 足腰に自信のあるエルでさえ、凸凹ばかりの坂道には閉口した。古代、この坂の上の台地に城砦が築かれ、外敵の動きを常に探査していたという。 「……!」 エルはあまりの美しさに目を奪われた。彼の背後にはウノ市街のまばゆい夜景と湾港に停泊しているいくつもの船、そしてまっくらな近海の様子がはるか遠くまで見渡せた。 しばしの間、彼は昼間のことを忘れて夜景に見入っていたが、無粋な声に意識を遮られ

          3. ハマル神父