【小説】たぶん、きっとそれは愛。(第5話)
「今、仕事終わった!今何してる?」
時刻は19時半を過ぎた頃、涼から連絡が来た。
「今私もちょうど、友だちと夕飯食べ終わって、友だち駅まで送るとこ!」
そう返信して、私は食べていた作り置きのカレーを、急いで口にかきこんだ。結局、喫茶店で過ごしたあと、特に行く当てもなかったので私は一度家に帰宅した。お腹もすいたところだったので、数日前に作って冷凍しておいたカレーを温めて1人で食べていた。
と、素直に涼に伝えるのは、どう考えても私のプライドが許さなかったので、強がりの嘘をついて返信した。
「そうなんだ!そしたら俺も軽くどっかでごはん食べてから行くわ!場所はいつものところでいい?」
「うん、私も準備できたら行くね!20時半くらいでおっけい?」
「うん、そのくらいには行けると思う!」
いつものところが指す場所は、私の家の近くにあるラブホテルのことだ。
私の家からはちょうど車で10分くらいのところにある。
まだもう少し時間がある。
私は、気持ちを切り替えたくて、新しいタオルと着替えの下着をもって、お風呂へ向かった。シャワーを浴びて、今日一日を、身体全体を洗い流す。そして、新しい服に着替えて、化粧を整えて、涼のもとへと向かった。
12月も中旬を過ぎた今日の夜は一段と冷え込んでいる。
ホテルにまだ、涼は到着していないみたいだ。
車を降りて、空を見上げる。
真冬の空は澄んでいて、オリオン座の星たちが、配列を崩すことなく綺麗に並んで、空を照らしていた。
ホテルの入り口から、車のライトがだんだんと私に近づいてくるのが見える。涼の車だった。
「ごめんごめん。遅くなった。」
そう言って車から降りてきた涼と一緒にホテルの一室に入った。
「寒い寒い。」
2人でかじかんだ手を擦り合わせながら、部屋に入るなり、涼が、部屋の暖房を「強」に設定する。そのままエアコンのリモコンをテーブルに置いて、電子タバコをバッグから取り出そうとしている。
私はいてもたってもいられなくて、バッグの中で電子タバコを探している涼の、まるくなった背中にしがみついた。
「どうしたの?急に。」
涼が、バックを漁っていた手を止めて振り返る。
「ううん。なんでもない。」
消え入りそうな私の声を聞いた涼は、察したのか、しがみついた私の腕を一度払って、私を正面から抱きしめた。
「そっか。寒かった?」
「うん、寒かった。」
そう言って、もう一度涼の背中に腕を回して、その手に力を込める。
「そう、これ、これだったんだ。」
私は思い出す。あの日、凍え死にそうになりながら、あの駅のホームで来ない友人たちを待っていた、私のもとに突如として電車で現れた涼が包んでくれた腕の中。
「こうしてるとあったかいね。」
「うん。」
思っていた以上のあたたかさに、私の身体と心はいっぱいになって、涙腺がゆるんだ。
そう、あの日と同じように。
その腕の中で、涼の体温のあたたかさに包まれながら、どんなに我慢しても涙は止まってくれなくて、私の目元から、彼の着ていたシャツに涙がこぼれ落ちた。
泣いているなんて重過ぎて気持ち悪がられる。
そう思って、私は彼の背中に回した両手を、彼のシャツの下の裾にあてて、脱がそうとした。
「まってまって、俺仕事終わりだし、まだお風呂入ってないよ。」
そう言って、涼は裾にあてた私の両手を掴む。
「いい。今日はこのままでいい。」
そう言って、私は掴まれた涼の両手を払う。
「わかった。」
また察してくれたのか、涼は、私を抱きかかえて、そのままベッドへと運んでくれた。やさしく私をベッドの上に横たえて、やさしく私の髪をなぞって、やさしく口づけをしてくれた。
いつもよりずっとやさしく、ずっと丁寧に。
だんだんと荒くなってくる涼の息遣いと熱くなってくる体温に包まれながら思う。
「あぁ、このまま時がとまってしまえばいいのに。」
いくつかの過去に見たドラマの主人公が言っていたセリフを思い出す。
「あぁ、このまま涼が私をどこか知らない、あたらしい世界に連れていってくれたらいいのに。」
そんなありふれたセリフを口にしたところで、私の目の前の現実は何も変わらない。
最終的に、ハッピーエンドで終わるドラマの世界ほど、現実は甘ったるくない。
冷たくて、辛辣で、ずっとずっと苦い。
「もっと。」
そんな冷たい現実を少しでもあたたかさで満たしたくて、柔らかくて棘のないものにしたくて、甘くなくてもいいから、心地よいほろ苦さを楽しめるように、私は今私の身体と心に絡みつく快楽の感触を精一杯手を伸ばしてかき集める。
「もっと。」
涼の体温がさらにあつくなる。そして、いつもより強く私に絡みついてくる。
私はまたさらに、絡みつく彼の感触を握りしめて、できる限り、心にそれをしたためた。
*******
「あ、そういえば。」
仕事の疲れもあったのか、果てた後、ぐったりと横になっていた涼が、そう言って急に立ち上がった。
「すっかり忘れてた。」
そう言いながらベッド横においていたバックの中をゴソゴソとかき回している。
「どうしたの?」
「いや、ちょうどこの間さ、仕事の現場の人からおいしいシュークリーム屋さん教えてもらってさ、今日そこがたまたま通り道にあったから買ってきた。12月誕生日だったよね?おめでとう。」
涼がバッグの中からくしゃくしゃになった紙袋を取り出して、私に手渡した。
「え、覚えててくれたの?てか、私誕生日とか教えたっけ?」
「ううん、ちょうどLINEのお誕生日のお知らせで発見した笑」
「そうなんだ。普通にうれしい笑」
「よかった。」
くしゃくしゃの紙袋から、入っていた2つのシュークリームを取り出して、1つ涼に渡す。
「うわ、つぶれてクリーム出てるじゃん。バッグとか入れなきゃよかったごめん。」
「いやいや、その方が美味しいかもよ。ありがとね!一緒にあったかいお茶でも飲もうよ!」
そう言って、私はホテルにおいてある、備え付けのポットを持って洗面台に移動した。
蛇口をひねって水を流す。
「ずるい。」
気づいたらまた、私は蛇口の水と同じように、涙を流していた。
私のことなんて、ただの身体の関係としか思っていないくせに、こういういちいち来る急なやさしさに私はいつも戸惑ってしまう。
「そこに愛なんかないくせに。」
ボソッと呟いて、流れている蛇口の水で涙を拭って、振り払った。
そして何事もなかったかのようにポットに水を注いで、私は涼のいる部屋へと戻った。
ポットを元の場所に置いて、スイッチを入れる。
「うわ、これ普通にめっちゃおいしい!」
涼はもうすでに、シュークリームを食べ始めていた。
「普通にめっちゃおいしいって、めっちゃおいしいのか、普通なのかよくわかんないんだけど笑」
「たしかに、いや、めっちゃおいしいだわ。」
「てかまだお湯沸いてないんだけど!先食べ始めないでよ笑」
「ごめんごめん。」
「美奈子も早く食べなよ。」
「うん。」
私はそう言って、潤んだ目元を涼に見せないように、ベッドに座っている涼にくるりと背を向けて座った。
シュークリームを手に取って、つぶれて溢れているクリームのところから私は口を付けた。
「おいしい。。。」
声が震えているのが、自分で聞いていてもはっきりと分かった。
「うん、ほんとにおいしいねこれ笑」
私の耳元でそうささやいて、涼は、私の背後から、私の頭をポンポンとやさしく撫でた。
「大変だったんだね。お疲れさま。」
特に理由も聞かずに、なんでもかんでも察してくれる涼はほんとうにずるい。わかっている。どんなにやさしくされたところで、それはきっと愛じゃない。
そんなわかりきったようなことを、自分の心と身体はまったくわかってくれなくて、その差異に動揺して、また、涙があふれ出てくる。
「おいしい。。。」
そう言いながら涼に頭を撫でてもらいながら食べたシュークリームの味は、甘いはずなのにしょっぱくて、ほろ苦い味がした。
「ポン」
と音が鳴って、ポットのお湯が沸騰したことを知らせる。
さっきまで冬の蛇口から出て、冷え切っていた中の水が、もう十分すぎるほどにあたたまった合図の音だった。
*******
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