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SHIFT INNOVATION #47 「レコグニション2」(脳科学編)

 新たなアイデアを生み出すための「SHIFT INNOVATION」の事例を紹介します。 

 SHIFT INNOVATION #46 「レコグニション1」(認知心理学編)において、「洞察問題解決」と「シフト・イノベーション」は共に、「インパスの発生」「心的制約の緩和」「問題空間の切り替え」「類推の利用」という類似する思考プロセスであることを説明しました。

 その中でも、「洞察問題解決」において、洞察が起こるための条件として、(1)「洞察が導かれるためには、適切な外的情報(問題解決手がかり)が必要であり、そのような情報は、問題解決者が持っている仮説の反証例である場合、予期せぬ観察値である場合がある」とありました。

 また、(2)「そのような情報が提示されても、問題解決者の内的状態の準備が整えられていない場合、それらの情報は、ノイズやイレギュラーなデータとして破棄され、洞察までに至らないことから、洞察が生じるためには、整えられた内的な状態において、問題解決の鍵となるデータが提示される必要がある」とありました。

 前回は、(1)に関して、「洞察問題解決」に関する思考プロセスの各フェーズにおける課題を解決するための具体的な方法について、「シフト・イノベーション」における具体的な方法に基づき説明しました。

 今回は、(2)に関して、問題解決者の内的状態の準備が整えられていない場合、それらの情報は、ノイズやイレギュラーなデータとして破棄されるため、どうすればり整えられた内的な状態とすることができるのか、脳機能の視点より、説明することとします。

 

【脳機能における「ボトムアップ情報処理」と「トップダウン情報処理」】

 はじめに、「なぜ脳はアートがわかるのかー現代美術史から学ぶ脳科学入門ー」の著書より、脳機能における「ボトムアップ情報処理」と「トップダウン情報処理」について紹介します。

 人間の脳は、両目に投射された外界の不完全な情報を受け取り、完全な情報にするという処理をしており、これには、脳機能における「ボトムアップ情報処理」と「トップダウン情報処理」が関与している。
 脳機能のうち、「ボトムアップ情報処理」に関して、視覚システムは、与えられた情報が不完全であいまいであるにもかかわらず、同じ対象を見ている場合は、個人間において差異なく、環境からほとんど同じ基本情報を引き出し、極めて正確に解釈することができるというように、脳の生得的に備わった普遍的な規則に支配されている。
 この機能により、人間は、輪郭、線の交差や接合など、物理世界のイメージの主たる構成要素を引き出すことができ、物体や人や顔の認識、空間内におけるそれらの位置の同定、あいまいさの縮減を行うことができる。
 一方で、「トップダウン情報処理」に関して、認知的影響や注意、想像、期待、学習された視覚的関連付けなどといった高次の心的機能が関与しているため、同じ対象を見ている場合であっても、個人の経験に基づいて、眼前のイメージの意味を推測するなど、心理的な文脈により、異なる意味付けがされることとなる。
 また、この機能は、無意識のうちに無関係とみなされている視覚場面の構成要素を抑制しており、イメージを認識する上で、注意の焦点を次々と移しながら、関連するいくつかの視覚場面の構成要素を結びつけ、無関係の構成要素を抑制する役割を果たしている。
 そして、この機能は、「無関係と認知された事象は無視される」にはじまり、「恒常性を求める」、「恒常的な特徴を抽象化する」、「特定の事象と過去に生じた事象を比較する」という原理に基づいて実行される。
 これらのことから、視覚システムが人間であると想定される物体の情報を受け取った場合、「ボトムアップ情報処理」により、顔の輪郭などを補正することによって、人間であると認識し、「トップダウン情報処理」により、過去に出会った人や出来事と関連付けることによって、特定のイメージを持った人間を作り上げることとなる。

「なぜ脳はアートがわかるのか(現代美術史から学ぶ脳科学入門)」エリック・R・カンデル(2019年)


【「トップダウン情報処理」と「シフト・イノベーション 」との関係性】

 「洞察問題解決」において、「情報がノイズやイレギュラーなデータとして破棄される」という課題がありますが、「ノイズやイレギュラーなデータ」を活用することにより「枠外」のアイデアが導出される場合があります。

 それでは、どうすれば、「ノイズやイレギュラーなデータ」が破棄されず、「枠外」のアイデアの導出に活用できるのか、脳機能の視点に基づき確認することとします。

 脳機能におけるトップダウン情報処理は、「無関係と認知された事象は無視される」、「恒常性を求める」、「恒常的な特徴を抽象化する」、「特定の事象と過去に生じた事象を比較する」という原理に基づいて実行されます。

 この原理を「シフト・イノベーション」の思考プロセスに基づき説明すると、脳内において、無関係と認知された事象が無視されることにより、当初の事象と関連性がある範囲において、問題を解決しようとします。

 そして、脳内において、当初の事象と関連性がある範囲の事象を抽象化した上で、その事象と過去に生じた事象を比較することにより、具象化した関連性がある事象が抽出されることとなるため、「枠外」のアイデアではなく、「枠内」のアイデアが導出されることとなります。

 例えば、ひねって、妄想する DESIGN #4 「アイディエーション3」(ひねる編)において紹介した「簡易検診オムツ」におけるオムツに関して、「夜中、赤ちゃんと親が寝ているので、親は赤ちゃんが便をしたことに気付かないため、オムツを替えることができない」という事象(不便益)を解決しようとした場合、「親は赤ちゃんが便をしたことに気付かない」という関連性がある事象に焦点を当てたとします。

 そして、「親は赤ちゃんが便をしたことに気付かない」という関連性がある事象を抽象化した「気付かない」に対して、「気付くために警告する」という過去に生じた事象を比較(想起)することによって、新たな機会として「アラート」を抽出することができます。

 その結果、新たな機会である「アラート」を実現するための「センサー」と「デバイス」により具象化した「センサーが便を感知することにより、親のスマホに赤ちゃんが便をしたことを知らせる」という「枠内」のアイデア(「アラートオムツ」)が導出されることとなります。

 通常であれば、脳機能におけるトップダウン処理に基づき、上記事例のように、事象に関連性のある問題の原因に焦点を当てることにより、問題を解決しようとします。

 一方で、「簡易検診オムツ」の事例の場合、ひねって、妄想する DESIGN #4 「アイディエーション3」(ひねる編)において説明したように、「夜中、赤ちゃんと親が寝ているので、親は赤ちゃんが便をしたことに気付かないため、オムツを替えることができない」という事象(不便益)に対して、「365日コネクトし、社会貢献できるオムツ」というコンセプトを強く意識していたことにより、コンセプトにおける「社会貢献できる」を「便を有効活用する」に抽象化したと推察されます。

 このことより、「本当にオムツの中にある排泄物はどうすることもできないのか(有効活用できないのか)」という本質探究の問いを発したことにより、具象化した新たなコンテクストとして、「排泄物である便は大腸がん検査に使っている」を連想したことによって、新たな機会として「大腸がん検診」を抽出することとなったと推察されます。

 これらのことより、脳機能におけるトップダウン情報処理に基づく、「無関係と認知された事象は無視される」状態を回避するための一つの方法として、無意識的に思考を継続した場合、無関係と認知された事象は無視されることとなりますが、ムーンショット型コンセプトなどを強く意識することにより、無関係と認知された事象が無視されることを回避することができるのではないかと考えます。

 よって、無関係と認知された事象が無視されることを回避するためには、意識的か無意識的かにかかわらず、シフト・イノベーションの方法論である「ムーンショット型コンセプト設定」にはじまり、「究極的状況想起」「固定観念知覚」「本質探究の問い」という一連の思考プロセスを通して実行する必要があると考えます。

 

「洞察問題解決」を実行するための思考プロセス

 1.ムーンショット型コンセプトを設定する

 2.究極的状況を想起する (インバスの発生)

 3.固定観念を知覚する (心的制約の緩和)

 4.本質探究の問いを発する (心的制約の緩和)

 5.コンテクストに対して主観的連想する (問題空間の切り替え)

 6.テクスト(新機会)を抽出する (問題空間の切り替え)

 7.抽出したテクスト(新機会)を抽象化する (類推の利用)

 8.類似(反転)するコンテクストを連想し、テクストを抽出する (類推の利用)

 9.テクストを具象化し、コンテクストを抽出する (類推の利用)

 

【思考プロセス(方法論)の意識的活用】

 前段では、「洞察問題解決」における「インパスの発生」「心的制約の緩和」「問題空間の切り替え」のフェーズにおいて、脳機能におけるトップダウン情報処理の原理に基づく「ムーンショット型コンセプト設定」「究極的状況想起」「固定観念知覚」「本質探究の問い」という方法論を活用することにより、問題を解決しました。

 今度は、「洞察問題解決」における「類推の利用」のフェーズにおいて、「情報がノイズやイレギュラーなデータとして破棄される」という課題に対して、脳機能におけるトップダウン情報処理の原理である「無関係と認知された事象は無視される」、「恒常性を求める」、「恒常的な特徴を抽象化する」、「特定の事象と過去に生じた事象を比較する」を無意識に思考した場合と意識的に思考した場合について、問題解決に関する比較をすることとします。

 それでは、ひねって、妄想する DESIGN #4 「アイディエーション3」(ひねる編)において紹介した「簡易検診オムツ」の事例とSHIFT INNOVATION #39 「イノベーション5」(検証編)において紹介した「ビッグデータオムツ」の事例(下記事例参照)に関して、「大腸がん検診」という新たな機会を抽出したのち、無意識的に知覚した事例である「簡易検診オムツ」と意識的に思考した「ビッグデータオムツ」とを比較した内容について説明することとします。

 はじめに、無意識的に知覚した事例である「簡易検診オムツ」に関しては、新たな機会である「大腸がん検診」を抽出したのち、「大腸がん検診」から「排泄物の情報を上手く利用する」へと、無意識的に抽象化したことにより、「慢性創傷を監視し、薬物治療を促進する『スマート包帯』」を抽出しました。

 これに関しては、「無関係と認知された事象は無視される」とあるものの、どのような事象が無視されたのかを把握することは困難である一方で、「大腸がん検診」と「排泄物の情報を上手く利用する」は共に「便」に関係することから、無関係である何らかの事象は無視され、関係がある「排泄物の情報を上手く利用する」が抽出されたものと推察されます。

 一方で、意識的に思考した事例である「ビッグデータオムツ」に関しては、新たな機会である「大腸がん検診」を抽出したのち、「大腸がん検診」に基づき意識的に抽象化を図った結果、「大腸がん検診」から「不要物を有効活用する」へと、意識的に抽象化したことにより、「古着を集めて海外へ輸出することにより、社会貢献する」を抽出しました。

 これに関しては、「無関係と認知された事象は無視される」という原理に従えば、「簡易検診オムツ」の事例のように、事象に関係する事象(「便」)が抽出されることになる一方で、「ビッグデータオムツ」の事例に関しては、意識的に抽象化したことから、「便」とは無関係である「古着」が抽出されたものと推察されます。

 つまりは、無意識的に抽象化した場合、「価値観」「固定観念」などにより、「枠内」に関わる事象しか連想できないことになる一方で、意識的に抽象化した場合、新たな「コンセプト」などに基づく関連性の低い事象を意識することによって、「枠外」に関わるテクストを抽出する可能性が高まるものと推察されます。

 よって、無意識的に思考した場合、脳におけるトップダウン情報処理の原理に基づき、無関係と認知された事象は、「ノイズやイレギュラーなデータ」として無視される一方で、意識的に抽象化することにより、無関係と認知された「ノイズやイレギュラーなデータ」を抽出する可能性が高まるものと考えます。

 

【「簡易検診オムツ」の事例による課題解決】

 1.ムーンショット型コンセプトを設定する
 「365日コネクトし社会貢献できるオムツ」
 2.究極的状況を想起する (インパスの発生)
 「夜の間に排泄物をした場合、排泄物はオムツの中に入ったままである」
 3.固定観念を知覚する (心的制約の緩和)
 「オムツの中にある排泄物はどうしようもなく、不快なものである」
 4.本質探究の問いを発する (心的制約の緩和)
 「本当にオムツの中にある排泄物はどうすることもできないのか」
 5.コンテクストに対して主観的連想をする (問題空間の切り替え)
 「排泄物である便は大腸がん検査に使っている」
 6.テクスト(新機会)を抽出する (問題空間の切り替え)
 「大腸がん検査
 
「大腸がん検診」に対して「無意識的」に思考した場合
 7.テクスト(新機会)を抽象化する (類推の利用)
 「排泄物の情報を上手く利用することはできないのか」
 8.類似するコンテクストを連想し、テクストを抽出する (類推の利用)
 「便は健康のバロメーターである」
 9.テクストを具象化し、コンテクストを抽出する (類推の利用)
 「センサーで医学的な情報を入手することにより、常時健診を受診できる」

【「ビッグデータオムツ」の事例による課題解決】

 1.ムーンショット型コンセプトを設定する
 「365日コネクトし社会貢献できるオムツ」
 2.究極的状況を想起する (インパスの発生)
 「夜の間に排泄物をした場合、排泄物はオムツの中に入ったままである」
 3.固定観念を知覚する (心的制約の緩和)
 「オムツの中にある排泄物はどうしようもなく、不快なものである」
 4.本質探究の問いを発する (心的制約の緩和)
 「本当にオムツの中にある排泄物はどうすることもできないのか」
 5.コンテクストに対して主観的連想をする (問題空間の切り替え)
 「排泄物である便は大腸がん検査に使っている」
 6.テクスト(新機会)を抽出する (問題空間の切り替え)
 「大腸がん検査
 
「大腸がん検診」に対して「意識的」に思考した場合
 7.テクスト(新機会)を抽象化する (類推の利用)
 「不要物を有効活用する」
 8.類似するコンテクストを連想し、テクストを抽出する (類推の利用)
 「古着を集めて海外へ輸出することにより、社会貢献する」
 9.テクストを具象化し、コンテクストを抽出する (類推の利用)
 「便の健康情報をビッグデータ化することにより、医療課題を解決する」

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