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SHIFT INNOVATION #46 「レコグニション1」(認知心理学編)

 新たなアイデアを生み出すための「SHIFT INNOVATION」の事例を紹介します。  

 今回は、認知心理学の領域において「ひらめき」を導くための思考プロセスを説明する「洞察問題解決」に関して、紹介することとします。

 「洞察問題解決」においては、問題解決に失敗した経験を繰り返すことによって、手詰まりの状態であるインバスに陥ることとなります。

 そして、問題解決に失敗した経験を蓄積した後、蓄積した経験における問題解決の方法が手がかりとなり、何らかの潜在的認知処理が行われることによって、突然問題解決の方法を「ひらめく」というものです。

 それでは、「洞察問題解決」における蓄積された過去の経験から問題解決へ導くという認知処理と「シフト・イノベーション」における特定の思考プロセスに基づく、問題解決の方法を比較したのち、「洞察問題解決」における課題における解決方法を説明することとします。

 

【認知心理学における「洞察問題解決」】

 認知心理学の領域において、通常の問題解決に関しては、過去、現在、未来は連続的に推移することを前提に、未来事象の期待値が最大となる事象を選択する一方で、洞察問題解決に関しては、過去から未来は不連続に飛躍することを前提に、重要な影響を与える可能性がある未然の事象を選択するものである。
 これに関して、通常の問題解決においては、過去の経験(学習)が問題解決を促進する一方で、洞察問題解決においては、過去の経験が問題解決の阻害要因となることによりインパスに陥ることとなる。
 そして、洞察問題解決においては、過去の経験に基づく解決のパターンを逸脱し、問題解決手がかりの発見により、瞬間的に解が発見されることとなる。
 そこで、洞察問題解決研究のアプローチに関して、ゲシュタルト心理学における再構成化による洞察に基づく、(1)問題の構造や過去の経験により、問題解決に必要な関係性の発見が阻害され、(2)インパスに陥り、(3)対象となる問題を新たな観点から捉えなおし、再構成化することにより、洞察が導かれるというプロセスを採用する。
 「洞察問題解決」においては、特に問題の再構成化を3つのプロセスの観点から捉えることとし、(1)解の存在しない不適切な問題空間を繰り返し探索するインパスの固着から離れる「心的制約の緩和」、(2)誤った問題空間の探索から、解が存在する問題空間への「問題空間の切り替え」、(3)現在直面している問題の状況と、過去に既に解決に成功した問題の状況との類似関係を推論する「類推の利用」のプロセスに区分する。
 この中でも、「問題空間の切り替え」のフェーズに関して、問題空間の切り替えに関わる要因として、「特徴的な手がかり」「他者による問題に関するヒント」という外的情報「問題領域に関する知識」「問題解決に対する有効なヒューリスティックの使用」という内的情報がある。
 結論として、洞察が起こるための条件としては、(1)洞察が導かれるためには、適切な外的情報(問題解決手がかり)が必要であり、そのような情報は、問題解決者が持っている仮説の反証例である場合、予期せぬ観察値である場合がある。(2)そのような情報が提示されても、問題解決者の内的状態の準備が整えられていない場合、それらの情報は、ノイズやイレギュラーなデータとして破棄され、洞察までに至らないことから、洞察が生じるためには、整えられた内的な状態において、問題解決の鍵となるデータが提示される必要がある。
 なお、課題として、どうすれば、そのような内的・外的状態(情報)を導くことができるのかという問いに応える上で、認知科学的視点による研究、工学的視点における協同が必要である。

三輪和久、寺井仁(1997年)「洞察問題解決の性質」(人工知能学会論文誌12巻1号)
 

【「洞察問題解決」と「シフト・イノベーション」との比較】

 「洞察問題解決」と「シフト・イノベーション」の手法における類似点(相違点)として、はじめに、「洞察問題解決」においては、手詰まりの状態であるインパスが起点となり、「シフト・イノベーション」においては、究極的状況が起点となっています。

 なお、「シフト・イノベーション」においては、究極的状況を想起するための手法(ムーンショット型コンセプト設定)を明示していますが、「洞察問題解決」においてはインパスに陥るための手法を明示していません。

 次に、「洞察問題解決」においては、インパスに対して心的制約の緩和が必要であるとしており、「シフト・イノベーション」においては、究極的状況に対して固定観念を知覚し、本質探究の問いを発することにより、固定観念から解放する必要があるとしています。

 なお、「シフト・イノベーション」においては、固定観念から解放する手法(本質探究の問い)を明示していますが、「洞察問題解決」においては、心的制約を緩和する手法を明示していません。

 また、「洞察問題解決」においては、外的情報および内的情報による問題空間の切り替えが必要であるとしており、「シフト・イノベーション」においては、自己の経験・学習による情報および外部探索による情報に基づきコンテクストを連想する中で、新たな機会となるテクストを抽出する必要があるとしています。

 なお、「シフト・イノベーション」においては、新たな機会となるテクストを抽出する手法(意図的な反転・類似・関連・結合(#43))を明示していますが、「洞察問題解決」においては、問題空間を切り替えるための手法を明示していません。

 そして、「洞察問題解決」においては、既に解決に成功した問題の状況との類似関係を推論する類推を利用するとしており、「シフト・イノベーション」においては、テクストを抽象化・具象化することにより、新たなコンテクストを抽出するとしています。

 なお、「洞察問題解決」においては、正誤が判定できる問題(「9点問題」「チェッカーボード問題」など)であり、正解が一意に決まるものであることから、類似関係を推論する類推を明示していますが、「シフト・イノベーション」においては、正誤が判定できない問題であり、且つ、飛躍的な発想を必要としていることから、今までとは異なる仮説を推論する類推(アブダクション)を明示しています。

(「洞察問題解決」の思考プロセス)

 1.インパスの発生

 2.心的制約の緩和

 3.問題空間の切り替え

 4.類推の利用

(「シフト・イノベーション」の思考プロセス)

 1.ムーンショット型コンセプトを設定する

 2.究極的状況を想起する (インバスの発生)

 3.固定観念を知覚する (心的制約の緩和)

 4.本質探究の問いを発する (心的制約の緩和)

 5.コンテクストに対して主観的連想する (問題空間の切り替え)

 6.テクスト(新機会)を抽出する (問題空間の切り替え)

 7.抽出したテクスト(新機会)を抽象化する (類推の利用)

 8.類似(反転)するコンテクストを連想し、テクストを抽出する (類推の利用)

 9.テクストを具象化し、コンテクストを抽出する (類推の利用)

 

【「洞察問題解決」における課題】

 「洞察問題解決」における結論として、洞察が起こるための条件としては、(1)「洞察が導かれるためには、適切な外的情報(問題解決手がかり)が必要であり、そのような情報は、問題解決者が持っている仮説の反証例である場合、予期せぬ観察値である場合がある」とありました。

 また、(2)「そのような情報が提示されても、問題解決者の内的状態の準備が整えられていない場合、それらの情報は、ノイズやイレギュラーなデータとして破棄され、洞察までに至らないことから、洞察が生じるためには、整えられた内的な状態において、問題解決の鍵となるデータが提示される必要がある」とありました。

 そして、「洞察問題解決」と「シフト・イノベーション」を比較したところ、「洞察問題解決」における思考プロセスについて明示されていたものの、思考プロセスの各フェーズにおける課題を解決するための具体的な方法については、一部明示されているのみでした。

 それでは、「洞察問題解決」に関する思考プロセスの各フェーズにおける課題を解決するための具体的な方法について、「シフト・イノベーション」における具体的な方法に基づき説明することとします。

 

【「インパスの発生」の方法】

 「洞察問題解決」においては、インパスが発生した場合、心的制約が生じることとなり、その心的制約を緩和することができた場合、問題空間を切り替えることができるとあります。

 「洞察問題解決」において、インパスが発生するためには、問題を解決する上で、試行錯誤を繰り返すことにより、手詰まりの状態であるインパスが発生するとありますが、「シフト・イノベーション」の事例の場合、「洞察問題解決」の事例のように、正解が一意に決まる正誤が判定できる問題ではなく、正誤が判定できない問題であり、コンセプトの設定の如何によっては、問題に対する解決策が無数に存在することとなります。

 よって、問題を解決する上で、試行錯誤を繰り返し続けることにより、インパスが発生する状態に陥ることは困難であり、また、闇雲に解決策の量を求めて試行錯誤を繰り返した場合、問題を解決する上での有益な心的制約とはならないと推察されます。

 そこで、ずらして、ひねって、妄想するDESIGN #19 「コンセプト3」(実証編)において、インパスが発生するよう導く上で、「独自性のあるアイデアを導出するためには、今までと同じようなコンセプトではなく、解決することが困難であるムーンショット型のコンセプトを設定することによって、異なるカテゴリー(「枠外」)へ移行しやすくなる場合がある」と説明しました。

 そして、ムーンショット型コンセプトの設定の内容に関しては、「単に目標が今までよりも極めて高い数値であるというだけではなく、カテゴリー(業界)自体が覆るような目標、ドラえもんの道具のように、『こんな技術があれば、こんな世界ができるのでは』というような妄想的な目標、『あちらが立てば、こちらが立たず』というようなトレードオフの関係にある目標など、実現可能性が極めて低い目標をコンセプトとして設定することによって、「ずらす(シフト)」ことができる可能性を高めることができる」と説明しました。

 これらのように、「シフト・イノベーション」においては、ムーンショット型コンセプトを設定することにより、対処することが不可能である状況をつくるなど、意図的にインパスに陥りやすい状態をつくることによって、究極的状況を想起することにより、固定観念に知覚するように導きます。

 

【「心的制約の緩和」の方法】

 「洞察問題解決」において、心的制約を緩和させるためには、インパスが発生することにより、心的制約の状態になっていることを理解した上で、心的制約を緩和するように導きます。

 これを「シフト・イノベーション」の思考プロセスの視点からすると、究極的状況を想起することにより、究極的状況の原因となる固定観念を理解した上で、固定観念より解放する必要があります。

 そこで、SHIFT INNOVATION #41 「クリティカル思考2」(固定観念分類編)において、心的制約を緩和するため、気付いた固定観念が事実であるかを確認するための捉える視点として、「誰もが望んでいるようなニーズに対して、目的視点による固定観念であるのか、機能視点による固定観念であるのか、また、その固定観念が、便益に関する固定観念であるのか、不便益に関する固定観念であるのかを思考もしくは知覚することにより選択する」と説明しました。

 また、「『枠外』のアイデアのきっかけとなる独自性のあるテクストおよびアブダクション事例を抽出する上で、固定観念に対して意味ある問題提起(本質探究の問い)をするためには、固定観念を捉える視点が重要となり、特に目的視点により固定観念を捉えることが重要となる」と説明しました。

 そして、ずらして、ひねって、妄想する DESIGN #22 「インスピレーション2」(思考プロセス編)において、目的視点により捉えた固定観念から解放する上で、「『問題提起の問い』である『本質探究の問い』を発することにより、現状における問題自体を疑うことによって、発想をする範囲を『枠内』に留まることなく、『枠外』を含め発散的に発想することとなる」と説明しました。

 これらのように、「シフト・イノベーション」においては、固定観念を目的視点で捉えた上で、本質探究の問いを発することによって、現状における問題(固定観念)自体を疑うことにより、発想をする範囲を「枠内」に留まることなく、「枠外」を含め発散的に発想するように導きます。

【「問題空間の切り替え」の方法】

 「洞察問題解決」において、問題空間を切り替えるためには、心的制約を緩和することにとより、コンテクストを連想し、新たな機会を抽出することによって、問題空間を切り替えるように導きます。

 そこで、SHIFT INNOVATION #43 「アビリティ1」(連想力編)において、「『枠外』のアイデアを導出するためには、事象に対して関連性の低いコンテクストを連想することができる『主観的連想』が重要となる」とあり、そして、主観的連想により「イメージするコンテクストは、人によって、また、その時の状況によって異なり、一意に決まるものではないことから、『枠外』へ飛躍的な発想をすることが可能である」と説明しました。

 また、「意図的に『反転』『類似』『関連』『結合』をする、特に批判的思考により『反転』をすることによって、『枠外』へ飛躍的な発想をする可能性を高めることができる」と説明しました。

 そして、SHIFT INNOVATION #44 「アビリティ2」(抽象力編)において、「枠内」から「枠外」へ飛躍させる上で、「『枠外』のテクストを抽出することができない場合は、あえて意識的に抽象化するプロセスを用いることにより、『枠外』のテクストを意図的に抽出できる可能性が高まる」と説明しました。

 これらのように、「シフト・イノベーション」においては、一意に決まるものではない関連性の低いコンテクストを連想できる「主観的連想」とあわせて、意識的にコンテクストを抽象化させると共に批判的に思考することにより、コンテクストを「反転」するように導きます。

【「洞察問題解決」を実行するための思考プロセス】

 1.ムーンショット型コンセプトを設定する

 2.究極的状況を想起する (インバスの発生)

 3.固定観念を知覚する (心的制約の緩和)

 4.本質探究の問いを発する (心的制約の緩和)

 5.コンテクストに対して主観的連想する (問題空間の切り替え)

 6.テクスト(新機会)を抽出する (問題空間の切り替え)

 7.抽出したテクスト(新機会)を抽象化する (類推の利用)

 8.類似(反転)するコンテクストを連想し、テクストを抽出する (類推の利用)

 9.テクストを具象化し、コンテクストを抽出する (類推の利用)


 ムーンショット型コンセプトを設定することにより、対処することが不可能である状況をつくるなど、意図的にインパスに陥りやすい状態をつくることによって、究極的状況を想起することにより、固定観念に知覚するように導きます。

 固定観念を目的視点で捉えた上で、本質探究の問いを発することによって、現状における問題(固定観念)自体を疑うことにより、発想をする範囲を「枠内」に留まることなく、「枠外」を含め発散的に発想するように導きます。

 一意に決まるものではない関連性の低いコンテクストを連想できる「主観的連想」とあわせて、意図的にコンテクストを抽象化させると共に批判的思考をすることによりコンテクストを「反転」するように導きます。

 

 

 

 

 

 

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