『魔人探偵脳噛ネウロ』の緻密なストーリーテリング ①
ということで第2回目のnote投稿です。2回目はまたもジャンプから、『暗殺教室』で一躍有名になった松井優征のジャンプデビュー長編、『魔人探偵脳噛ネウロ』。
この作品は自分のジャンプ好きな漫画の5本指には入る漫画です。「ドーピングコンソメスープだ」をはじめとするぶっ飛んだ犯人たちの豹変コマは、SNSやインターネットで一度は見たことがあるんじゃないでしょうか。そんなネウロを、「ストーリーテリング」の点からおすすめしたいと思います。
まずこの松井優征という作者、ジャンプの漫画家の中では珍しくものっすごく計算で漫画を描く作者だと思います。多分ものすごく頭がよい。早速話がそれますが自分の勝手なイメージで漫画家を本能型と計算型に区分けすると、
【本能型漫画家】 楳図かずお、諸星大二郎、藤田和日郎、鳥山明、荒木飛呂彦
【計算型漫画家】手塚治虫、藤子・F・不二雄、尾田栄一郎、松井優征、許斐剛
となります。繰り返しますがここは本当に自分の主観です。手塚治虫は本能方と計算型双方の頂点ですが、あえて区分けするなら計算型なのでは…という持論があります。ちなみに手塚治虫についての記事もいつか書きたいと思ってます。いつか。
そんな中松井優征はジャンプの中での計算型の頂点だと思ってます。まず、自身の強み・弱みを完全に把握して双方を武器としていること、更に既存の概念同士を理論的に結合させていくことで新たな価値を作り出すスタイルであること。
「ネウロ」も「暗殺教室」も、絶対に思いつかない「天才による0から1の作品」というより、「これとこれを組み合わせたら面白いのではないか。それを世の中に、読者(ターゲット)にマッチさせていくには更にこの要素を足して行けばよいのではないか。」と緻密に練り上げられていったイメージがあります。
『魔人探偵脳噛ネウロ』は、そんな松井優征のデビュー作なもので、『暗殺教室』より整っていません。まず絵がひどい。が、これが先に述べたとおり「弱み」ではなく「武器」になっている。小畑健の美麗な絵でドーピングコンソメスープをやられてもあんなインパクトは出ないでしょう。めちゃくちゃな(失礼)パース、支離滅裂な(またも失礼)背景、それらがネウロでは完全に武器として成立しています。
『暗殺教室』ではそこらへんの彼の弱点は身を潜めており万人受けするようになりましたが、個人的には『魔人探偵脳噛ネウロ』の、他のジャンプとは一線を画す「弱み=武器」にドハマリいたしました。
さて、そんな『魔人探偵脳噛ネウロ』ですが、あらすじとしては、魔界の住人にして「謎」を解く(食う)ことを生きがいとしている脳噛ネウロ が魔界の「謎」を解き明かしてしまったため空腹になり人間界にやってくる。ごく普通の女子高生・桂木弥子と出会い、彼女と手を組む(利用する)ことで人間の悪意により生み出される「謎」を次々に解き明かしていく…というものです。
あらすじを見る限り異端な推理ものっぽいですよね。ではさぞかし、緻密な伏線とドンデン返しまつりな推理ものが繰り広げられるのか…と思ったらそんな事はありません。むしろ、トリックや推理はひでえものです。まったくもって真面目に読まなくてよろしい。
この作品において驚嘆すべきストーリーテリングは、推理やトリックなどではなく、ネウロと弥子の成長・絆の物語そのものです。かなり多くのジャンプ漫画であることですが、大体ヒロインだのダブル主人公だのってのは途中で要らなくなることが多い。インフレについていけなくなったり、男性作者が扱いに困って持て余したり、そもそも人気がなかったり。
しかしこの漫画においてはタイトルこそ『魔人探偵脳噛ネウロ』ですが、実質弥子がいないと成り立ちません。どのくらい成り立たないかというと、『寄生獣』において新一とミギーのどちらかが欠けるようなもの、『デスノート』において月とLのどちらかが欠けるようなもの、です。
ネウロはいわゆる最強系主人公です。出自が魔界なので、戦闘力で行くと人間界のどんな凶悪な犯罪者でも足元にも及ばないし、どんな緻密な謎でも(そんなもんこの作品中にないのですが)だいたい瞬殺で解き明かされます。一方で弥子は本当に非力で平凡な女子高生です。
じゃあなんで弥子がそんなにもこの作品で必須なのか?それは、ネウロが唯一持っていないものを彼女が持っているからです。最初敵が弱かった頃はそれが顕在化せず、ネウロSUGEEEなギャグ漫画でした。しかし中盤、後に語ります電人HALという強敵との邂逅でそれは一気に顕在化し、終盤の展開では完全に共闘します。それが決して安っぽくなく、完全に理論的に説得力を持って、しかしドラマチックに描かれるのです。こんな完璧な絆と成長のストーリーテリングを自分はジャンプで他に知りません。
そしてこの漫画で自分が一番おすすめしたいのが先に述べた「電人HAL編」です。ネウロと弥子の関係性に決定的な変化をもたらすストーリーなのですが、とにかくストーリーのクオリティが高い。徐々に驚異を増していく過程が描かれるオープニングから、緻密な伏線によって徐々にHALの正体が明かされていく中盤、そして感動的なエンディングまですべてが完璧。特にエンディングの1枚絵は(ポンコツ画力にもかかわらず)本当に素晴らしく、完璧な映画を観ているようでした。これを週刊連載で成し遂げるのに、当時は驚嘆したものです。そのうえで難しくなりすぎないよう少年漫画らしさも残している。うーん…すごい。
ということで、第2回目は『魔人探偵脳噛ネウロ』を雑に語ってみました。HAL編のあとの終盤のボス、「シックス編」ではそこまで緻密なストーリーテリングはないのですが、別の意味での楽しみが詰まっており、個人的にはラストまで全くだれずに楽しめる作品です。『暗殺教室』を読んだ方は多いかと思いますが、ぜひ『魔人探偵脳噛ネウロ』も読んでみてください。ちなみに作者がSF好きなのか、先のHAL をはじめとして随所にSFへのオマージュが詰まっています。そういうところも楽しみの一つですね。
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