廃業

けたたましい音とともに崩れゆく私の職場。
もうインドにも南極にも行くことはないと思うと、寂しさがこみ上げてくる。
税制と戦っていたら構成が崩れていた、そんなところか。
郵便物やEメールの受付はすでに終了している。
今頃大量に返送されているだろう。
すまない郵便配達員、メールサーバー。
もっと早くに告知できればよかったのだが、突然のことだったのだ。
いつのまにか馴染みの店がなくなっていたという経験をしたことがないだろうか?
廃業は突然起こる。
助けを求めようと思っても、時すでに遅し。
廃業へのカウントダウンを止めることはもうできない。
まだ大丈夫という油断が悲劇を生む。
ビジネスシーン特有の強気な姿勢の副作用。
運良くまだ廃業していない人は、今すぐ持っているビジネス本を燃やしてしまおう。

私がこの職場にやってきたのは二十代前半。
面接マニュアル本のとおりに発言したら新卒採用された。
「御社」と私が言う度に言葉遣いに感心する面接官。
その時から廃業の序曲は始まっていたのかもしれない。
表面的なものにいちいち感心して評価を下す人間にろくなやつはいない。
詐欺師に引っかかって「騙された!」とわめき散らしたり、最悪な人と恋人になって「そんな人だとは思わなかった!」とわめき散らすタイプだ。
自分の人を見る目のなさを一ミリも反省しない。
なぜそんなにも人は簡単に言葉を信用するのだろうか?
誰もがバレない嘘をついて暮らしているというのに。

私は仕事を覚えるのが遅かった。
だが私の職場での評判はかなり良かった。
なぜか?
それは仕事やってる感、健気に頑張ってる感を出すのがやたらとうまかったからだ。
社会人として一番重要なのは仕事の成果ではない。
仕事やってる感、健気に頑張ってる感だ。
これをうまくできればなんとかなるということを政治家から学んだ。
どれだけ貧困が増えようとも、自殺者が増えようとも政治家の評価には直結しない。
仕事やってる感、健気に頑張ってる感を出せるかが政治家の評価に直結する。
誰も成果なんて見ていないからだ。
好感度さえ上げれば勝ちなのである。
私は大きな学びを与えてくれた政治家に非常に感謝している。

私はものの数年で職場を牛耳ることに成功した。
私の好感度は頂点を迎え、誰も逆らうことはできなくなっていた。
少しでも私のことを悪く言えば、そいつは退職させられるレベルだ。
相変わらず私は仕事ができなかった。
以前にも増して仕事やってる感、健気に頑張ってる感に磨きがかかっていた。
評判が評判を呼び、私はメディアにも取り上げられるようになった。
仕事を健気に頑張る人物として大衆の支持を得た私は、本を出版することになった。
タイトルは「仕事で人生が輝く」。
最初から最後までフリーターと無職を蔑むという内容だ。
仕事の苦しさから解放されるには、自分より社会的に立場が下の者を蔑み、笑いものにすることが世の中の常識である。
最近のお笑い芸人がフリーターや無職をネタに笑いをとっているのが何よりの証拠だろう。
本文から一部抜粋しよう。
「自分より社会的に立場が上の者は絶対に批判するな、戦うな。自分より社会的に立場が下の者には厳しく当たれ。スッキリして仕事がうまくいく。人生が輝きだす!」
この部分は読者の中で大変人気があり、ネット上でよく引用されている。
この本は名言集のように1ページ1ページの文字が大きく読みやすい構成となっており、普段読書をしない層にも支持を得た。
本を書いて生計を立てている人にこっそり有料級のアドバイスをしたいと思う。
「大きな字」「少ない文章」「少ないページ数」「小学生でもわかるわかりやすい文章」「社会的弱者を批判して読者の自己肯定感を上げる」この5原則で本はバカ売れしますよ。
書きたいことなんて忘れて、この5原則に集中しましょう。

私は誰よりも世間をうまく立ち回ってきたが、廃業には敵いそうにない。
廃業と話すことができれば何とかできる自信はあるのだが、廃業は何も言わずただただ仕事を奪っていくだけである。
交渉の余地なし。
私に重い現実がのしかかる。
フリーターと無職を蔑む本を書いていたら、自分がそっち側になるなんて思いもよらなかった。
私は反省としてヘイト本を書いている作家を一人残らず殺して回った。
すると、人生が輝きだした。