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戻ってきた のんちゃん #かくつなぐめぐる

「書くこと」を通じて出会った仲間たちがエッセイでバトンをつなぐマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。10月のキーワードは「宇宙人」と「憂鬱」です。最初と最後の段落にそれぞれの言葉を入れ、11人の"走者"たちが順次記事を公開します。

突如、空からUFOに乗ってやってきた宇宙人に攫われてしまいたい。「遅刻だ遅刻だ」と懐中時計片手に走っていく白ウサギの後を追いかけて、穴の中に落ちていきたい。

頭の中で非現実の世界へ逃走を試みようとも、中学校へと続く通学路から逃れることはできなかった。

小学校から中学校へ。このタイミングで、人生2度目の引っ越しだった。

女子生徒は紺色のブレザーにプリーツスカート、男子生徒は黒い学ランへ。教室の中、みな同じ条件下で環境が変わったかのように見えて、内情は全然違う。

ほとんどが2~3校ある地元の小学校から進学した子たちばかり。同じ出身の小学校同士や、なにかのクラブのチームメイト同士などでグループができあがるのは、自然なことだった。

はっきり言ってしまえば、わたしの中学校デビューは全くさっぱり上手くいかなかった。

4月中旬くらいまではまだマシだったと思う。校外学習のバスの中、くじ引きで隣の席になった子や、体育でペアになった子と短い時間の中で会話をすることができた。

でもそれは、束の間のできごと。

自分の前の席に座っていた、とある男子生徒との些細なやりとりを横目で見ていたクラスメイトによって、いじめのターゲットになった。彼女がその男子生徒に好意を抱いていたことに気づいたのは、そのあとのことだ。

次の日には、バスで隣になったあの子も、ペアになったあの子も、誰も休み時間に会話をしてくれなくなった。弁当の時間、隣の席になった男子生徒が机を3センチくらい離した。

当時は味方なんて誰もいないと思っていたから、助けの求め方もわからなかった。不幸中の幸いだったのは、部活や習い事……あの教室だけが世界のすべてではないとわかっていたことだ。

けれどそれでも、「逃げる」という選択肢はなかった。感覚でいえばそう、ダンゴムシになるしかない。どんなことが起ころうとも体をぐっと丸め、時間が過ぎるのを待つだけ。

「のんちゃん、あそぼ!」

わたしのことをそう呼び、声を掛けてくれる人は、あの教室には1人もいなかった。

***

下の名前が「のぞみ」なので、物心ついたころからあだ名は「のんちゃん」。そもそも、なぜこの名前のあだ名がそうなるのか。「のぞみちゃん」が訛って「のんちゃん」になったという説があるらしいが、真相はよくわからない。

「あだ名とかあんの?」

件の女子生徒が、そう話しかけてきたことがある。

「あ、”のんちゃん”って呼ばれて……」

そう返すと、相手は「はは」と乾いた笑い声をあげた。

「被っちゃうね! シオノが、もう”のんちゃん”って呼ばれてるし……」

「シオノがどうして”のんちゃん”なんだろう」という、素朴な疑問を口にはできなかった。

「だから呼ばないわ」

だから呼ばないわ。

特段、めずらしいことじゃない。あだ名もそうだし、なんだったら苗字や名前が一緒の子がいることだって。

それでも、大きく突き放されたと思ったのは、きっと気のせいじゃない。

3年間、あの学校でわたしに向かって「のんちゃん」と呼ぶ人はひとりもいなかった。

***

「ねぇ!」

高校へ入学したばかりの体育の時間。指定のジャージを身に纏い、室内シューズを履いて、体育館の端っこでボーっとしていた。なにか競技の順番待ちだったのかもしれない。

声をかけてきたのは、クラスの教室で、わたしのはす向かい前の席に座っている女の子。ショートヘアの似合う、ボーイッシュで活発な子だった。

なにを言われるんだろう……。被害自体は、中学2年生に進級する前に収束したものの、新しい環境は常に自分を不安にさせるものになった。口を開く彼女を見て、内心ドギマギする。

「のんちゃんって呼んでいい? そっちのほうが呼びやすいや」

びっくりして、思わず言葉が詰まった。体温が上がって、ジャージの上着を脱ぎたくなる。

この子からすれば、大したことを言ったつもりではないことはわかっている。それでもテンポよく返事をすることができなくて、一瞬間を作ってしまう。なんとか、「いいよ」と返すのが精一杯だった。

「じゃあ、これからそうするわ!」

軽やかに宣言し、軽やかに別のグループのところへ彼女は走り去っていく。呆然とそのうしろ姿を見送った。

彼女の発信がきっかけで、気づくとまた、周りに「のんちゃん」と呼ばれるようになる。聞きなれた呼び名のはずなのに、なんだか不思議な心地だった。

べつに、あのあだ名をずっと呼ばれていない訳ではなかった。家族や、小学校までに出会った友人には呼ばれていた。それでも、「戻ってきた」と感じたのだ。そうして自分が、このあだ名に愛着を持っていたことに気づいた。

あの憂鬱だった日々は、なかなか拭えないまま。けど、こんなささやかな記憶と体験が、わたしを時折慰めてくれる。叶うことなら、好きなことや人、体験。そういうものでこれからの自分を埋め尽くしていきたいと願っている。

※シオノは仮名です

バトンズの学校1期生メンバーによるマガジン『かく、つなぐ、めぐる。』。今回の走者は、のんでした。次回の走者は、兼子大清さん。更新日は10月10日(月)です。お楽しみに!


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