デザインメモ④原研哉
移動への欲望とツーリズムの未来
グローバルな時代においては、人・モノ・情報の全てにおいて「移動」という観点が重要である。世界の豊かさをその場で体験すること、世界の細部に入って地球の文化を謳歌することが、文化や産業を動かす大きな力になっていく。
素晴らしいものがそのままあるだけでは世界には届かない。ラベルひとつとっても、それが何のためのアイデンティフィケーションなのかを考えることが大切。全体のコミュニケーションを設計することを通じて、世界から共感を集め、それに見合った対価が得られる環境を作っていく力がデザインやアートディレクションにはある。
東京五輪や大阪万博などの国際的なイベントとともにデザインが躍動し、社会全体が活気に満ちていた高度成長期と比べると、現在の日本は硬直化し伸びやかなビジョンを見失いがちである。この状況下で、デザイナーはいつまでも企業に牽引される存在ではなく、自ら新しいフロンティアを見つける役回りを担わないと創造的ではいられない。どちらに向かうとより自発的で誇らしい状況がつくれるのかということを、直感的に見極めながら進んでいく感性が必要である。
『低空飛行』 原自身が場所の選定、写真、動画、文、編集の全てを手掛ける日本のスポットを紹介するサイト。情報の独自性と篩の目の純度の維持を意図し、観光の解像度を上げ、イメージを根底から刷新しようという狙いがある。
混沌とした時代において、潜在する価値に目を向け、世界に届けるべきものを篩にかけていくことも大切。篩の目の形がひとつである必要はないが、何が世界の目利きたちに評価されるのかということを把握しておく。その上で、差異をコントロールしながら価値を構築していくことこそがデザインである。
無印良品のアートディレクション
原は、「空(エンプティネス)」という概念に着目し、無駄をそぎ落としたデザインで、ブランドの思想を運動させた。語らずして語らしめる究極のデザイン。無印良品は製品ブランドではなく、考え方のブランド。製品や空間に触れた人が、自然にその思想に気づいてくれるようなコミュニケーションを目指す。
デザインは水のようなものである。良い水はそれだけで人を感動させるように、余計なものを混ぜることなく純度を高めていく。いかに澄みきったニュートラルなデザインができるかを意識する。特にグラフィックデザインは、個の特殊性に注目が集まりやすく、時代ごとに明快なスタイルやトレンドがあるが、できるだけその影響を受けず、水のようでいる。「私」を表出することが必ずしもデザインのゴールではない。
寄りの目で消費者の暮らしの文脈にフィットする自在性を表現している雑誌広告に対して、企業広告は無限遠に引いた目である。地球目線で見た風景から人間の暮らしや社会に問いかける、無印良品の総合的なビジョンづくりである。
『MUJI HOTEL』 アンチゴージャス、アンチチープをコンセプトに程よい価格でよく眠れ、旅先の体と心を整える空間と宿泊客と土地を繋げるサービスを提供する。ホテルの居心地は空間の隅や細部にある。
新しさが全てではない。時代の先端だけに目を向けるのではなく、古来から守られこれからも守り継がれていくものや見過ごされがちな場所、すなわちオーセンティシティ(確実性/真実性/信憑性)に目を向け、価値を吸い上げていくこともデザインの役割である。
あらゆるブランドには世の中に収まるべき場所が必ずあるはず。世界に目を凝らしてその隙間を発見し、しっかりそこに座ること。
未来産業の交差点を見つめる
原の「家」への関心と期待が発端となり、これからの住まいの形や都市の可能性を考えることをテーマに開催されたHOUSE VISION。国を代表する企業や建築家をはじめ、各界のスペシャリストたちを巻き込み、原寸大の住まいを展示するという一大プロジェクト。家はインテリアや素材のみならず、エネルギーやコミュニティ、移動、テクノロジーなどのあらゆる産業と暮らしの交差点である。
展覧会のキュレーション
原は展覧会全体をプロデュースすることで、さまざまなテーマや産業の可能性を具現化・可視化し社会にメッセージを投げかけてきた。見たものを通して、未知なるものへの目覚めが起こり得る限り、そこに必ずデザインというものが介在する。自らのクリエイティブディレクションについて、「仮想と構想の組み合わせ」と語り、展覧会においても一貫してこの姿勢を崩していない。社会の動き、時代の空気、生活者の潜在的なニーズ、テクノロジーの未来などあらゆる情報を俯瞰しながら構想を組み立てる。異なる才能や個性をいかに束ね、どんなメッセージをして仕立てて社会に発信していくのかということ。自らが媒介役となり、未来の可能性を立ち上げる。
アイデンティフィケーション
時代を越えて使われ続けているロゴは非常に緻密に設計されていて、余計なことをせずに最短距離でブランドを体現している。企業やブランドの個性や目指すべき方向性を体現することが求められるロゴやシンボルマークにおいて目指すのは、あらゆる情報を詰め込んでいくデザインではなく、さまざまな要素を受け入れる器としてのデザイン、いろいろな人たちの思いを受け止められる受容力が大事。
空間における見え方やマテリアルの選定など多くの情報を編集しながら、その企業やブランドを世の中の人たちにどう読み取ってもらうのかということを多角的に考えていく。一見何の変哲もないシンボルマークに、いかに魔法をかけられるかどうかということ。
これからのデザインに必要なこと
昨今、デザインという稼業は混沌とした様相を呈している。この混沌のその先も見据えなければならないが、世界を正確に予測することはできない。海に潜ったり、山に登ったり、穴を掘ったり、空から世の中を俯瞰したりしながら、ここだと思う領域を見定めてその土壌を耕し、来るべきチャンスを待ち受ける。
また、ビジネスモデルを読み解くことも必要な素養。世を席巻しているサービスの根拠を把握し、デザインがどう寄与できるかを考える。デザイナーとしての自分の感覚を、篩いの目として使えるかどうか。ともかく動いてみること。
そして、デザインを分けない。世の中のデザインは、分野を超えて日々有機的に進化している。世の中の新しい潮流に敏感に反応し、自分がそこにいかに貢献できるかを考える。デザインのやわらかい考え方、頭の働かせ方。柔軟に、個々のデザイン領域を進化・発展させていく能動性や積極性が重要である。
これからのデザイナーは従来のあり方に捉われず、新しい仕事を作っていくことが大切。デザインのみならず、クリエイティブであることは大きな武器になり、たとえAIに仕事が取って代わられても、クリエイションはその都度新しいフロンティアを見つけていく。デザインは不可欠で、最後まで残るものである。
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