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デザインメモ①ディック・ブルーナ

ブルーナのデザイン、ひとつのはじまり

家業の出版社で働くためにブルーナは19歳でロンドン、20歳でパリに滞在し書店員や出版社見習いとして働いた。そこで目にした数々のモダンアートに触発される。特にマティスやピカソの明確な線のデッサンに惹かれ、自分らしい表現を探してスケッチを繰り返した。

出版業よりも芸術に情熱を注いでいたブルーナはオランダに戻ってからも、風景や静物をスケッチし、写真に撮っていた。新婚旅行のときでさえ、ホテルで見かけたタオル掛け、ベッド、靴、グラスを熱心にスケッチした。

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「絵を描くことは、記憶のようなものです。今、それを見ていなくても、過去にものをどのように見ていたかということなのですから。」

心をとらえるシンプル

1951年、彼はブルーナ社で専属デザイナーとして働き始める。大きな仕事となったのが、新たな読書層を狙って創刊された推理小説を中心とするペーパーバック「ブラック・ベア」シリーズである。20年間で2000冊以上もの表紙をデザインし、駅や書店に貼られるポスターなどの宣伝物も手がけた。カジュアルに移動中でも楽しめるペーパーバックは普及し、ブルーナが手がけるモダンな表紙デザインも注目されるようになった。

おしゃべりな色

ブルーナ社が1955年にスタートした「ブラック・ベア」シリーズのペーパーバック。通勤や通学、旅の途中に買ってもらうためには、一目で内容のイメージを喚起させられるような表紙のデザインがなにより重要であった。

ブルーナはストーリーを読み込み、物語に漂う雰囲気を明快な色使いで表現した。多色で楽しげな様子を演出したり、原色のワントーンでテーマを強調したりするなど、シリーズを華やかに演出するアイデアを多数もっていた。

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「第一に、筆者が満足すること。第二に店頭で人々の目を引きつける魅力があること。そのために、不必要なものを削り、根本的な要素だけでデザインできないものかと考えました。」

大胆な省略

ブルーナは、宣伝物は見る人を振り向かせる一発の衝撃をもつものでありながら、親しみやすい人間味にあふれた表現でなければと考えていた。特にポスターをデザインする際は、遠くからでも認識できるように大胆な省略を行いつつ、親しみやすさを忍び込ませることにも腐心した。

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「ポスターはまた、親しみやすく人間性を持つものでなければいけないと思うにです。」

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「ブラック・ベアをつくるのに、紙をちぎっているのがわかりますか?子熊の、あの毛の感触を表現するために。」

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「私はいつも枠のある窓辺に魅せられます。窓から見える風景は素晴らしいものです。私は外の世界を窓で囲まれた範囲から眺めるのが大好きなのです。」

ユーモラスな線

ブルーナは、マティスから本質を描く線について学び、サヴィニャックから品のよいエスプリを吸収し、レジェから輪郭線の描き方について影響を受けた。クリアな線でユーモラスな人物像を描き出すのはお手のものであった。

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「聖者シリーズ」では、最小限の線でキャラクターを記号化し、豊かな表情のバリエーションを生みだした。時には、自由で軽快な筆遣いでこどものいたずら描きのようなラインを描き、多彩な線描を自在に操ってみせた。

リズミカルな反復

ひとつの画面に同じモチーフを連続して配置し、楽しげな雰囲気を出すのもブルーナの得意な手法だった。シリーズものは単調になりがちであるが、キャラクターをうまく活用して、連続性を保ちながらも飽きのこない表紙を作り、人気シリーズの鮮度を保った。

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想像力をひきだすシンプル

ブルーナは絵本づくりにも力を注いできた。どのページをとっても飾っておきたくなるような絵で物語をつくりたいと、表紙のデザインだけでなく全てを自分で仕上げた。そして約60年間で120冊以上の絵本を制作、50か国語以上に翻訳され、世界的な絵本作家として認められた。1960年代の改訂版では、色彩と線描、物語についての基本的な考え方が整理され、想像をかきたてる豊かな余白を大切にした作風を確立させた。

知らせる色

赤・青・黄・緑・茶・グレーの6色は「ブルーナ・カラー」と呼ばれている。それぞれの色は、子どもたちにメッセージを伝える重要な要素になっている。赤は幸せや喜び、黄は明るさや温かさ、緑は安心、青は悲しみなど。感情を限られた色に置き換えて表現することで、読者はより豊かなイメージを思い描く。

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空間をつくる線

ゆっくりと、筆で点を重ねるように描き出す独特の線は、自分の気持ちをそのまま紙に写した結果だとブルーナは言う。線には人間性が表れると考えた彼は、線をすべて手で描くことにこだわった。そして、つくられた画面にはモチーフだけでなく空間にも豊かな情報が込められる。広い余白には静かな時間、横1本の水平線は日常の安定感を、斜めに引かれた線は小さなドラマを予想させる緊張感を伝える。

「ぼくがシンプルを求めるのは、デザイン的な美しさということだけでなく、そこにイマジネーションの余地を残したいからなのです。」

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「絵本をつくるときにも、常にデザインを意識しています。ミッフィーをあるべき場所にぴたりと位置付けるには、とても注意深くなくてはいけません。彼女を取り巻く余白は、彼女と同じくらい重要です。」
「わたしの線は、いつも少し震えています。まるで心臓の鼓動のように。震える線はわたしの個性なのです。」

空想をうみだす形

ブルーナの絵本に登場する動物や人、植物や道具などの形は、丸・三角・四角を基本とした単純な形の組み合わせでつくられている。小さな子どもたちが自由に空想を巡らせやすいように、無駄なものをぎりぎりまでそぎ落とすプロセスを経ることでモチーフを簡略化している。

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動きだす絵

色や余白が入念に計算された画面を通じて淡々と進む物語、ときには構図やモチーフの位置の変化で動きが表現される場合もある。静かな動きでわずかな心の変化を表したり、ダイナミックで動的な展開によって圧倒的な大地のスケールを感じさせたりする。

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シンプルってなんだろう

「シンプル」という言葉には、簡素、単純さ、すなわち飾りや無駄をそぎ落としたさま、という意味がある。シンプルなデザインとは、形や色を単純化し余分な要素をそぎ落とすことで本質を明らかにすること。しかし、引き算が過ぎると味気のない冷たい表現に陥ってしまう。

ブルーナのデザインは、デザインの教科書である。「造形」と「機能」のバランスが取れている。巧みでかわいくて、かつコミュニケーションが成立している。

また、一からキャラクターをつくって成長させるには、キャラクター自体の造形が魅力的であるだけでなく、世界観をきちんとつくることが重要。アイデンティティデザインやブランディングのメソッドに近い。また、世界観をつくることはマンネリの先取りともいえるが、彼のデザインは押しつけがましくなく、力の抜き加減がちょうどいい。。

彼は、デザイナーと絵描きの資質の両面を兼ね備え、かつそれぞれを使い分けるのではなく、常に対話している。スパッとしていて思い切りがよく、かわいさも兼ね備える。ブルーナはヌケのよいデザインの先駆者である。論理的なデザインに偏らず、人間の生活から離れない。デザインを受け取る側に近い日常の感覚があり、方法論と生活感が作品の中で違和感なくバランスが取れている。

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総括

彼が膨大なデザインワークでいつも心がけていたのは、「短時間で見る人の心をとらえること」だった。色面だけで構成するなど色を効果的に使う「おしゃべりな色」、要素をそぎ落とした「大胆な省略」、やや太めで強い「ユーモラスな線」、同じキャラクターやモチーフの「リズミカルな反復」といった表現を駆使した。その根底には、ブルーナ独自のシンプルさがあった。

シンプル、またはスッキリとしたデザインは緊張感が出がちだが、彼のデザインは細かく計算されたシリアスな部分が作品の表面に出てこない。ユーモア余裕を感じる。親しみやすい人間味にあふれた表現を大事に忍び込ませていたからである。

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「なにもないこと=シンプル」ではなく、「なにもしないこと=シンプル」でもない。味わいのあるシンプル。なにもないように、なにもしてないように見えるのが理想である。彼の要素がそぎ落とされたデザインには、描かれていないことまで想起させるような「なにか」が潜んでいる。白地のスペースの取り方や間合い、隙間など、整理や省略の裏に。なにもないように、なにもしてないように見えるが、そこには間違いなくがある。

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シンプルとはおおらかなルールである。杓子定規な決めごとが増えると不自由で無機質になってしまう。ルールをつくったり壊したりしながら更新していく。

「スタイルの探求というのは、たえず発展していくプロセスなのです。今もそのプロセスの途中にいると思っています。作品のスタイルは自然にうまれてくるものではなく、探り求めるものです。」

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