見出し画像

アクアリウムにて

ひときわ大きな水槽のなかで、潜水夫がふわりふわり作業をしている。時代物の、頭部をぐるぐる捩じ込むダイビング・スーツを着ている。宇宙服のようだ。水槽の底にはテーブルと椅子が並び、椅子の数だけランチョン・マットが敷いてある。どうやらディナーの準備をしているらしい。銀の皿、銀の盃、ナイフやらフォークやら、なにもかもをセットできちんと揃え、潜水夫は準備に余念がない。そのうち、彼の瞳の奥に湛えられた哀しみが、今夜の客人がおそらく来ないだろうことを物憂げに伝えてくる。どこか間の抜けたスローモーションの動きは、そこにないものを指折り思い出させるのだ。重力、音、そして空席に座るべき客人。色とりどりの魚たちが、ゴボゴボ立ちのぼる酸素ボンベの泡を優雅に擦り抜けていく。

途方もない時間が過ぎ、やがて拳のいかづちが振り下ろされる。巨大な手は容赦なく、ついには無能の塊を外の世界へ連れ出すのだ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?