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鳥籠のように

ある奇術師が世界中を回っている。旅から旅を続けるのは、華々しい興行のためではない。うらぶれた安酒場で、いつも酔払いや遊女を相手にするばかり、所詮はその日暮らしの生業である。切り裂いた新聞紙にミルクを入れて花束を取り出そうが、見えない糸でトランプを宙に回転させようが、浴びるのは、冷やかしの罵声とお慰みの拍手だけ。誰も、奇術師がときおり見せる憂いの影には気づかない。

出番のおしまいには、必ず山高帽をひっくり返してウサギを放り込む。あっという間に瞬間移動させるのだ。

いつだったか、山高帽に入れたはずのウサギが一羽、消失したきり帰ってこない。今頃、どこの山裾を飛び跳ねているのか、どこの湖畔で自由な眠りを貪っているのか。奇術師は世界を股にかけ、たった一人で探し続ける。やり直せない過去の贖罪を背負い、せめて、もう一度会うために。

逆さまにした山高帽を前に、ポンッとひとつ両手を打ち、今宵もまた、奇術師はみずからその中へ消えていく。鳥籠が鳥を探すように、消えていく。





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