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大切な人と真夜中にコンビニに行ける

京都での大学生活の大半は女子寮に住んでいた。
「女子寮」の字面のラブリーさとは程遠い、築50年の木造住宅。
個室は相部屋でクーラーもなかった。立て付けが悪いから廊下はほとんど屋外みたいなものだ。お世辞にも自室は快適とは言えないから、眠れない夏の夜は唯一クーラーのある共用リビングで涼みつつ、同期に声をかけて、連れ立ってコンビニへアイスやチューハイを買いに行った。

中学生の頃から、塾の帰りにコンビニに寄るのが好きだった。
棚にいっぱいのお菓子や飲み物を眺めているだけで、それらを買ったり口にしたりする自分を想像してなんだか嬉しくなってしまう。
気の合う人とダラダラ一緒にいれるなら、これ以上のことがあるだろうか。

「今日流星群らしいよ、コンビニいかん?」
4回生の夏の夜だった。彼女の方から声をかけてくるのは珍しかった。来年に控えた就職も、卒論も何もかも嫌になっていた私は、ストイックに生きている努力家の彼女を心から尊敬していた。
一方彼女にはとても偏屈なところがあって、意味もなく私と口をきいてくれない時期もあった。私も彼女以上に偏屈だったから、我々は和解に半年を要した。

ぞろぞろ駅の方に歩いて、セブンイレブンへ行く。
アイスの棚を見てアイスの実もいいかなと思ったけど、結局瓶のスミノフを買った。
コンビニを出て小ぶりな橋を渡ったところ、鴨川デルタの松の木の傍らに座り込んだ私たちは無言で、スミノフを飲みながら空を見あげる。
確かに星は流れたように思う。
それよりもとにかく蚊が多くて、吸われた脚が痒くて早く帰りたくなった頃、彼女が口を開いた。

「やっぱ大学院受けることにしたんよ」
「そうか、がんばって」
「ませりさんも仕事がんばってね」

どきっとした。
もうコンビニにふらふら散歩する、ささやかな楽しみを続けられる日は長くないのではないことを突きつけられた気がして。
でも何も言えず、そのまま立ち上がって、私たちはまたほぼ無言で寮に戻った。


それから毎年、夏の夜に外を歩くとそのときのことを思い出して、脚が痒くなる。

実際は、大学を卒業して5年以上経って結婚もしたけれど、意味もなく近くのセブンイレブンまで走って競争して、チューハイとスモークタンと、買うつもりもなかった杏仁豆腐を買って帰る夜がある。

その度噛みしめたくなるほど幸せで、あの時から何も変わっていないなと気付かされる。

夜中に出歩ける治安の良い街の、コンビニまで歩いていける立地の家で、無言で一緒に散歩してくれる人と住んでいる。

仕事は頑張っているけど、大切な人と真夜中にコンビニに行けることより幸せなことは見つかっていない。

いつか猫を飼う時の資金にさせていただきます