見出し画像

ねこの耳血腫と投薬の話

ねこの耳に指を突っ込んでつまんだら右耳だけなんだかふかふかしていたのだった。

犬猫と暮らしているひとは当然知っていると思うけど、あのひとたちの耳はわりとペラい。犬はまだ少し厚みがあるが猫の耳はぺらぺらと言ってもいい。
その日の朝は気が付かなかった。
夜、いつも通りむにむに触っていたらなんだかブヨッとした感触で、思わず、え?あんたこれどうした?とねこにたずねてしまった。ねこは当然答えるわけもなく黙って耳を触られている。
痛くはないようだし、耳を気にする雰囲気もない。
ちょっと失礼しますよ、と耳をのぞいてみたら、耳の内側に小指の第一関節くらいの水膨れのようなものがあった。わかりやすく言うと、靴擦れ?あんな感じで。

ドキドキした。

うちのねこももう14歳。
ストルバイトや過剰グルーミング、突発性膀胱炎などちょこちょこと心配なことはあるけれど、ありがたいことに生死にかかわるような大きな病気にはここまでかからずにきている。
ヤダヤダヤダ、なんかあったらどうしよう。
4年前にちゃいろをなくしてから、必要以上にねこに依存していることは自覚があるので、なんかあったら…と思っただけで手が震えた。

ただ。
彼はいつも通りにカリカリを食べいつも通りにしっこもして、いつも通りにうろうろして水を飲み、撫でろと要求しもうやめろと文句を言い、うんこがでたから片付けろと廊下を練り歩いている。

なんか…大丈夫くさい。

とは思ったが、念の為「猫 耳の中 水ぶくれ」でググってみた。
耳血腫(じけっしゅ)、という言葉が並んだ。

「耳介軟骨がなんらかの原因で亀裂が起きたり折れ曲がったりすることで、出血し、耳介軟骨内や、軟骨とその膜の間に血液や滲出液が溜まった」状態。

なんだ、何らかの原因って。

「外耳炎や中耳炎で激しく耳を引っ掻いたり、頭を振ったりすることで」耳血腫になる、のか。

耳の中は綺麗だし匂いもなにもないし、原因に思い当たる点はないけれど、もともとアレルギー持ちのせいで何かというと耳をカシカシする癖がある。もしやそのせいかも。
と、思いつつ読み進めていくと怖いことばかり書いてあって途中で読むのをやめた。
だいたいそうだ。猫の病気に関してちょっと気になることがあってググってみると、とにかく恐ろしいことばかり書いてある。精神衛生上まったくもってよろしくない。あかんあかん。

うちのねこのかかりつけ医は完全予約制で、ワクチンや健診の時は無駄に待合室で待つことがないのでねこのストレスも最小限でとてもいいのだけれど、こういう時は困る。まずは朝、開診前に電話で相談してみよう。どっちにせよ予約をとるなら電話せにゃいかんし、もしかしたら様子見で大丈夫ってことになるかもしれない。

そしてやっぱり夜中何度も目が覚め、朝5時にあきらめて起きた。心配性すぎる。
ねこはいつも通りで特に体調が悪い様子もないし、耳の膨らみも大きくなった感じもない。下手に病院で耳に何かされたらかえって刺激になって気にしちゃうかもしれないなあ。普通に元気だしなあ。なんともないんじゃないかなあ。
と、思いつつも、開診30分前にかかりつけ医に電話した。

わたしの説明を聞いた先生は「水膨れだと思うんで、多分様子見でいいんじゃないかな」と答えた。
「原因はわからないけどたまにそういうのできる子いるんで、ぷちっとした水膨れ。大体は犬なんだけど」
「あ、そうですか」
ほらやっぱり。案の定大したことなかった!よかった!だと思ったんだ!
と思いつつも先生が最後に言った「ぷちっとした」という表現が気になって、念の為確認することにした。

わかりにくいけど耳の中の膨らんでるっぽいところ

「ぷちっとしたというか、小指の先くらいの大きさなんですけど」

え?と、先生は一瞬言葉に詰まった。
「そーれーは…ちょっと大きいね、うーん、一度連れてきてもらおうかな」
「はい」

やった!様子見!と安心したのも束の間、とりあえずその日の午前中、空いてる時間に予約して行くことになった。もともとなるべく猫に通院ストレスを与えない方針の先生なので、連れてきた方がいい、というのはよほどのことかもしれない。
だけども、ねこの様子を見ている限りではそんなにたいそうな感じでもなく、なんだか中途半端に不安な気持ちでまずは仕事を始めた。

ねこは、いつも通りに仕事に行ったわたしになにも疑念を抱いている様子はなかった。キャリーは普段から出しっぱなしにしてあるので大丈夫。
そしてとうとう恐怖の瞬間がやってきた。ねこを捕まえてキャリーに押し込むというあの大仕事は何回やっても緊張する。
緊張のメラメラを出さないよう呼吸を整え、仕事場からいったん家に戻る。

なるべく普通に普通に、と心がけて「ハーイ!元気?」と部屋に入るとねこがいなかった。

入り口にゲーがしてあった。
カリカリを食べて水を飲んでゲーとしてしまったようだった。

そして彼はゲーをするとたいそう凹むのだ。
とんでもないことをしてしまった…と思うらしい。
まじめで一本気で気が小さい男なのだ、うちのねこは。

あわててゲーを片付け消臭スプレーで拭いて、ねこは、と探すとわたしの洋服のラックの下、通称「避暑地」でしんねりしていた。あきらかに凹んでいる。
普段なら「気にしないでいいよーもう綺麗にしたよ」と声をかけておしまいだけれど今日はそうはいかない。時間も迫っている。

「ごめんねー大丈夫だからねーゲーしちゃったのぉ〜平気平気〜なんでもないよぉ〜」と支離滅裂な声かけをしながら、しんねりしている彼をずずーっと避暑地から引っ張り出しバスタオルで包む。

引っ張り出された時点で盛大に怪しみ、うにゃーーーー!と拒否の声をあげるねこを、はいはいごめんねごめんねとバスタオルごとキャリーに突っ込んで蓋を閉め、病院に向かった。

これは診察後であとは帰るだけと知っているねこ。ちょっと余裕が出てきた。

「あ!これは」

ここです、ここ、と耳の内側を指すと先生がちょっと驚いたように言った。

「これは水膨れじゃなくて血腫、水じゃなくて血の方」

マジか。
そういえば電話で相談した時最初に、紫色かどうか聞かれたのに、わたしの見た目では白っぽい皮膚の色のままに見えたので紫じゃない、と答えたのだった。
多分そのせいで先生の見立てが違ったのだろう。

「耳血腫だね、犬に多いけど猫にもたまにできる子いる」
「原因は?なんか病気とか関係ある?」
「いやいや、犬の場合だと頭振ってその勢いで遠心力で耳の毛細血管が破れてできたりってことが多いけど」
最近頭振ってた?と聞かれてもそんなに頻繁に振ってた記憶はない。ただやぱり耳をよく掻いていたことはあった。
「そのせいかな」

「えーーヤバい?」
「いや、ヤバくない」
ヤバくないんだ。よかった。

わたしもかかりつけ医もお年寄り一歩手前なので、『ヤバい』はそのままの意味の『ヤバい』で、決して『イケてる』という意味ではないことは言っておきたい。

治療としては、患部にインターフェロンを注射してその後は2週間程度ステロイド錠剤を服用、ということだった。

「前は抜いてたけど今はインターフェロンを使う…」
「前は溜まってる血を抜いてたんですけど、それだとすぐまた溜まって再発が多いってことで最近はインターフェロン使うんですよね」

耳血腫ですかぁーと言いながら何かを準備していた娘先生が、かかりつけ医の言葉の足りないところを補足。ほとんど同じこと言ってるだけだけど。

もうやだもうやだと診察台の上でわたしの腹に頭を押し付けてくるねこ。
その無防備な尻にぷすりと局所麻酔が打たれ、耳の中の血腫に直接インターフェロンが注射される。
まったく暴れるそぶりもなくスムーズに治療は終了。

「めちゃくちゃいい子!すごい!おとなしい!」
「ほんとにいい子。暴れる子はめちゃくちゃ暴れて本当に大変だから」
口々に褒められたが、多分うちのねこは何をされたか気が付いていないだけだと思う。暴れる余裕すらない。
さすがうちの子。小心者はわたし譲り。

「原因は不明だけど、連れてきてもらってよかった」

先生にそう言われてわたしもほっとした。

さて。
インターフェロン一発で治ればいちばんいいのだが、このあと2週間くらいステロイドを飲ませないといけないのだった。
投薬。
それは猫飼いにとっていちばんの苦行と言ってもいいのではないだろうか。

・ちゅーる的なものに混ぜる→ぺろりと舐めただけで飛び上がってにげてゆく。
・おやつのササミで小さな団子にする→はなっから寄ってこない。
さらにこの手の粘液性のあるおやつに混ぜるやり方は、一瞬舐めてもそのあとそのおやつそのものを食べなくなる。過去それで失敗して、再びちゅーる的なものを食べるまで数年かかった。

・メディボール的なものに薬を入れる→まずそういうおやつを食べない。
・お刺身、ゆでササミなどなど人間のたべるものには一切興味がない。

どうだこの小心者を拗らせたあげくの危機管理能力の高さは。

結局口の中に直接入れるのが確実なのだ。わかってるの、そんなことは。

身体をしっかり保定して左手で両頬骨のとこをおさえて上をむかせて、薬を持った右手でぐいっと口を開け、舌の付け根の真ん中に薬をぽとんと入れたらすぐ口を閉じ喉をさする。そのあとシリンジで水を飲ませる。

わかってる。
わかってるの手順は。

もともと抱っこが好きじゃないから保定したところでまず察知される。
その上その状態で頬骨に手を当てたら大暴れで、それでもなんとか抑えても、歯を食いしばって口は頑として開かない。
それを7.5キロの猫にやられるんですよ、そんなうまくいくはずないのは自明の理。

まずやめたのは最後のシリンジで水を飲ませること。
錠剤が喉に貼り付くのを防ぐ、確実に飲み込ませるため、という理由で水を飲ませるんだけど、暴れる猫に無理に飲ませて気管に入ったりしたらそれこそ大変。

試しにうちのねこにちょっとだけやってみたらむせちゃったのでそれで怖くなっちゃって。
そのかわり、飲み込んだなと思ったらちゅーる的なものをあげてそれこそ確実に飲み込ませる。

それも、ですよ。
普段ならお皿でお召し上がりになるちゅーる的なものも、薬(というか何か嫌なもの)を飲まされてる実感がある時期は怪しんで絶対お皿から食べない。
目の前で「おいしいの食べない?」とビリッと封を開けないとダメ。
新品なのを確認してしぶしぶ、ぺろぺろなさる。

どうですか、この危機管理能力の高さは。(二度目)

ということで、ひたすら毎朝タイミングをはかって投薬にトライする日が続いている。今のところ1回(それも3回のうちの1回)失敗して薬を無駄にしてしまった。
わたしの手際の良さが試される2週間。

翌日の様子。一日でびっくりするほど膨らみが小さくなった。


耳の血腫は3日目にして触ってもほとんどわからないくらいになった。
再発しないといいなあ。
病院に連れてくのも難儀だしなにより投薬が…。



耳血腫はとりあえず早期発見が大切なようです。
遅れると耳が餃子みたいにパンパンになったり、耳が変形してしまったりもするらしい。

耳血腫に限らず病気は早期発見早期治療が一番。
そのためにも毎日ねこをべたべたと撫でくりまわすのが大事。それこそ耳の先から尻尾の先まで触りまくって、ちょっとでもアレ?と思ったらまずかかりつけ医に聞いてみるのがいいんじゃないかな。

わたしみたいに何か悪いことを言われるのが怖くて正常性バイヤスがかかる人も多いと思うけど、それってこと病気に関しては何もいいことがないので。

長々と書きましたがどなたかの参考になれば。

耳血腫って響き何かに似てるなあと思ってたけど、アレだな、リセッシュ。

病院から戻って疲労困憊のねこ。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?