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人には人の生き方がある。

どーも。お久しぶりです。夏期講習という名の地獄で2ヶ月で25万稼いだアホ大学生です。
7月にほぼ毎日働いて15万円、8月は少し休みをもらったりして10万円を稼ぎました。
コロナに初めて罹ったり、なんかとにかく忙しかった夏休みでした。
気づけば秋の足音も聞こえ始めて、夏らしいことは何もできなかったとちょっと寂しい気持ちもありつつ、そんな夏があってもいいじゃないかと思う今日この頃です。

さて。今日は僕の価値観…?についてお話しようと思います。価値観と言ってしまうと少し広すぎるような気もしますが、細かいことは気にしません。
僕は最近あることに気が付きました。

それは「他人に興味がないこと」です。

他人に興味がないというか別に人と比べる必要ってないんじゃないかな?って思いました。
前からお伝えしている通り、僕は双極性障害と闘っています。先日、主治医の先生に言って精神障害者保健福祉手帳を発行する手続きをしました。まだ手元にはないのですが、医療費控除は今も受けています。
これだけ聞くと僕の人生は決して楽なものではないのかな?と思います。(我ながら)
しかし、別に僕は大変ですが、不幸だとは思いません。
確かに躁とうつの波に左右されるのはしんどいし、毎月病院に通ったり、毎日薬を飲んだりしないといけないし、薬を切らすと眠れないし、情緒がおかしくなることは大変なことです。
でもそれを他の誰かの価値観でどうこう言われる筋合いはないと思います。
「今幸せですか?」と聞かれれば答えにちょっと困ってしまうけど、不幸ではないなと思っています。
自分の人生を振り返ってみると「あの時こーしてれば…」というものが特にありません。
その時の解が正解だったと思っています。
高校も通信に転学して結果的に良かったと思っています。3年前の自分だったらそんなこと思えていないだろうし、そもそもブログも始めていないと思います。
人生に悔いがないのでいざ明日死ぬとなっても特になんの未練もなく三途の川を渡ることができると思います。
他人の人生に興味がないので自分軸で生きることができるようになりました。
他人にとやかく言われても、こちらが言ってもあくまでもその人の人生なのです。
前は誰かに依存した人生を送っていました。友達や彼女の機嫌を伺って生きていました。
でも、1人になった自分を見てみると中身のないスカスカな抜け殻のようなものでした。
僕にとって友達や彼女は心を満たしてくれる存在ではありますが、それに頼り過ぎていました。

今の僕には本当に中身がありません。

なので自分1人でも自分を満たせるようになりたいと思いました。
今まで人に言われるがままに生きていました。
そして他人が求める要求に答えることだけを考えていました。
それで出来上がったのが今のなんの中身も深みも何も無い僕という人間です。
他人に言われるがままに生きてきたので自分の意見というものがありません。
それが弊害になって自分という人間を見失いそうになっています。

話が逸れてしまいました。
僕は他人からの評価を気にしすぎていました。
でもふっと1歩足を引いてみると、その人に嫌われたとて、その程度だったのだなと思えるようになりました。
別に嫌われても良いし、今の僕という人間を大事に思ってくれる人を大事にしたいと思います。
最近は親と冷戦状態だったり、友達に変われよと言われたりと散々ですが、変わりたくても変われるほどのエネルギーがないというのが正直なところです。
もう気がつけば辺りは涼しくなってきました。
この季節になると思い出すのはやはり去年のトラウマです。
健忘症が酷くて昨日のことはもう思い出せないのに、このことだけは頭からくっついて離れてくれません。
気を抜くと死にたい衝動に駆られてしまいます。
でももう他人を頼ることをしたくないし、迷惑もかけたくないし、今年こそは受験生を見切りたいので、今年は入院しないようにしたいなと思っています。

良くならない、目に見えない病気と闘いながらも今日という日と来ないで欲しい明日を生きていきます。

いつもは一気に書いてしまうのですが、今回は時間と体力的に何回かに分けて書いていました。いつも以上にごちゃごちゃしていますが、読んでくださりありがとうこざいました。

それでは次回の記事でお会いしましよう。


アディオス。

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