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舞台上で熟成される男役・梓唯央~カルトワイン考察③~

コストパフォーマンス、時短。

即戦力を期待され、失敗が許されない。

そんな世知辛い世の中でも「あの場所」はやっぱり違う。未完成である所から始まり、脈々と継がれる芸のバトン。スタートラインは同じくも走る速度は皆違う。若くしてチャンスを得る者もいれば不器用で歩みの遅い者もいる。時に若気の至りゆえの失敗もあり、追い越し追い越される事もある。見ていて歯痒くなる事もある。それらを含めて長い月日を掛けて一人のタカラジェンヌの成長を見届ける。それこそが、宝塚歌劇団の醍醐味であると。

カルトワインには最下の106期まで選りすぐりの芸達者達が集まった。

このカンパニーに選ばれ、舞台に生きた事は下級生にとってどれだけ大きな経験になっただろうか。一人で何役もこなしながら、上級生顔負けのセリフ量をこなす人や臆せずアドリブをぶつけてくる人。その完成度や度胸にただただ驚かされるばかり。誰もが役を精一杯に生き、大劇場公演では見られない姿が見られた。カルトワインの○○役の人、として覚えてもらえた生徒さんもいるしこの公演で一気にファンを増やした人もいただろう。

様々な下級生達が活躍を見せる中、私は一人の「不器用だけども未完の大器」に大いなるポテンシャルを見い出したのだ。

その名は「梓唯央(あずさ・いお)」と言う。

役名として記載されているのは「スーツテーラー」だが、作品を見た人にはアメリカ人(失業者)こと「メキシカンフードフェスで暴れる酔っ払い」と言う方が伝わるだろうか。

役者揃いの104期の1人。

カルトワインを盛り上げた立役者と言っても過言ではない大活躍の真白悠希さん。オープニングで瑠風輝さん・留依蒔世さんと並んでも引けを取らない華やかさ&スタイルを誇った嵐之真さん。無邪気な子役から妖艶な女性まで、その振り幅に驚かされ目で追いかけるのが楽しかった楓姫るるさん。

カルトワインにはなくてはならない大活躍を誇った104期の中、ハッキリ言わせてもらうと「未完成」だった。カルトワインだけに、ワインで言えば開けるのは今じゃない。だけど適切な環境下で時間を掛けて熟成されればきっと味わい深い素敵なワインになる。そんな可能性を感じる。

何処にポテンシャルを感じたかと言うと、短期間、観劇ごとに細やかなディテールを工夫している所だった。初見ではまだまだ初々しく隙だらけだった。オークションで汗を拭く場面もぎこちなく、酔っ払いなのにあまり汚く見えない。男役メイクを施した顔だって何処となく幼くて、スーツを着る体型もまだ女の子の片鱗があったり。(特に背中)(すっしーさんの隣だもん仕方ない)頑張ってるんだけど…どうしても詰めの甘さを感じてしまったのだ。

観劇毎に少しずつ、少しずつ。あれ?良くなってる?ここ、自然な動作になったな、など私ですら気づくレベルでブラッシュアップされていったのだ。

特に、一番の変化を感じたのは第5場。シエロとフリオがチャポの鞄を盗んでドタバタするあの場面だった。

同じ樽で、涼しい顔をしてラグビーボールを弄ぶ風色日向さんのアメリカ人。いかにも裕福な身なり。その影に隠れるかのように樽に凭れて項垂れる姿。同じアメリカ人なのに移民と仕事を奪い合う。国籍はあっても最低賃金でも雇われず、移民達がより安い値段で応じるので仕事を奪われる。彼のやりきれなさ、苛立ちの持って行き場所がなく手持ちのバールを転がすしか無い。あのやり切れなさが後にフードフェスでの暴走に繋がる伏線。こう言った細やかなお芝居まで短期間でブラッシュアップして来た。

初見の印象から、観劇を重ねる毎に一番変わったのは梓唯央と言える。

変わる事を恐れず、産みの苦しみを楽しみに変えた彼女は日々進化していた。見る度に大きく印象が変わる。ダンスが得意だと言う彼女、群舞で踊る姿は上級生に引けを取らない位の華やかで目を惹くダンスだった。この踊りのセンスに男役芸が身に付けば、宙組にとって頼もしくて面白い存在になるだろう。楽しみでしかない。

私は彼女の背景・人となりは全く知らない。おとめや組本に書かれている事や、伝え聞くエピソード程度でしか情報を得られない。その上で、今回の舞台から見て素直でとても感受性が豊かな人なのだとお見受けする。上級生、演出家/スタッフ、ファンの声を聞き自分の頭で考えてのトライ&エラー。その豊かな感受性と柔軟さでカルトワインの世界を深めようとしていた。

梅田に来てからはご自身でも面白くなってきた所だろう。変化する楽しみを最後まで全うして欲しかった。千秋楽の最後の1日まで進化をし続ける姿をこの目で見届けたかった。完成を目の前に断たれた事が残念でならないが、彼女がカルトワインの世界で生きて来た事は大きな糧となるだろう。彼女が試行錯誤した背景にはカンパニーの大らかな愛があった。ずんちゃんはじめ上級生たちの懐の大きさの中でめいいっぱい挑戦出来た。

今回、特に新公学年以下の出演者は「カルトワイン前/後」で大きく変わるだろう。今までは、大劇場の群舞で大人数の中で「あれが梓唯央君だ」と見つける自信は無かったがもう次からは探し出せる。いや、あちらからオペラグラスに飛び込んで来てくれるかもしれない。大人数の中で「梓唯央はここにいます!」と言ったオーラを発しているかもしれない。

まだまだ発展途上、未完成の男役道の中にカルトワインがあった。

何年かして男役・梓唯央が完成された暁には絶対不可欠な経験だった。

そう言える作品に出会えた事を幸せに思う。