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誰のための何なのか

『自宅でない在宅』という高齢者の居住空間について書かれた名著がある。著者は外山義(とやま ただし)さんという方で、残念ながら52歳の若さで亡くなってしまった。多人数の同部屋や無駄に広い見渡しやすい空間で行われていた高齢者施設ケアに新たな視点をもたらした方である。

外山 義(とやま ただし、1950年4月22日 - 2002年11月9日)は、日本の建築家、建築学者。専門は建築計画学、環境心理学、高齢者住環境。岡山県生まれ。
東北大学大学院工学研究科助教授(1996年-)を経て、1998年、京都大学大学院工学研究科環境地球工学専攻居住空間学講座教授。相部屋が基本だった特別養護老人ホームに、「個室」によるユニットケアやグループホームの制度化を推進した。秋田県鷹巣町(現・北秋田市)にある「ケアタウンたかのす」が、個室によるユニットケアの実例としてある。2002年に52歳で急逝する。

前職で特別養護老人ホームに勤めていた時に、施設建て替えの大事業があった。その際には、この本はじめ先生が関わったから書籍から大いに学ばせていただいた。

先日、久しぶりにこの本を思い出して押し入れの奥から引っ張り出そうと探したが見つからなかった。そういえば誰か後輩にあげてしまった気もする。100ページと少しの本なので興味がある方は読んでいただきたい。
高齢者が住みやすい空間は私たち若い世代にとっても住みやすい空間なはずだから。

手元にないのでうろ覚えだが、本の内容は実際の施設や病院で行った社会実験をもとに、高齢者の住環境についての話が綴られている。その中で、高齢期に入ってから自宅から施設へ転居することで、遭遇する4つの落差が紹介されている。詳細に思い出せないのだが、「施設の空間スケールと自宅のスケール感の違い(認知機能の低下した高齢者が必要以上に広い空間で生活することによる弊害)」「自宅周辺での関係性が断絶してしまう(慣れ親しんだ自宅周辺の人間関係を離れ、初めましての方ばかりの空間に放り込まれる)」などがあげられていた。これらが、高齢者のQOLを著しく損なう原因になるのだ。
前者の目線で言えば、今でも当たり前に作られている高齢者福祉施設はそこで「働く人」の目線で作られており「住む人」の目線では作られていないことが、後者で言えば「施設」という存在そのものが、それぞれ原因となっているのだ。

さて、なぜこの本のことを思い出したかというと、とある介護サービス付き高齢者向け住宅の新規オープンのチラシを見かけたからだった。
そのチラシには、小綺麗な箱型の外観が表に大きく印刷されて裏面には施設内の間取りが掲載されていた。

まあ、外観はさておき(言いたいことはあるが…)中のプランがあまりに残念なものだったのだ。

以下、ぼやきにつき


昭和終わりから平成初期に建てられた施設の図面です。

そう言われてもほぼ違和感も湧かないものだった(個室でトイレ付きということを除けば)。
ざっと説明すると、真ん中に大きな食堂と言われる広い空間があってそのまわりを囲うように居室が配置されている。
そして、食堂を見渡せるように職員の部屋が配置され見守り(監視?)しやすくなっている。

いまだに、こんな施設が新たにたくさん建設されて、恥ずかしげもなくこんなお粗末なプランをチラシに載せることが広告になる時代なのかと力が抜けてしまった。

依頼する偉い人も、そこで働いている人も(もしかして意見できない、意見する機会もないのかもしれないが…)、設計する人も、このプランを通してしまうのだ。
決定的に欠けているのがそこに住む人の視点だ。社会的に弱い立場になっている人たちの視点は考慮・参照されヅラい。それに耳を傾けて、声なき声を聞き取るのが福祉だ。
各所で語られる耳障りのいい”介護サービス”という言葉は福祉ではない。
建物の内容よりも、地域の人口に関する情報から求められる、必要なベッドの数を確保して、効率よく部屋の数を配置して、低コスト建物を建設することが大切なのだろう。これをマーケティングというのだろうか。よくわからないので誰か教えて欲しい。

こんなのを目にすると、田舎だからこその温かさなんてものは、もはやそんなには残っていないなと思う。
地域にしても、昔はお互いさまやおかげさまでやっていたことの大半が商品になっている。葬儀のやり方を見ていればよくわかる。かと言って冷たい人ばかりではない。闇雲に昔は良かったなんて思わないけど、特段今が良いとも思わない。

これと相似の出来事は色々なところで起こっている。
そして、都会も田舎もどこもなんとかも、個性のない同じようなものが作られて、それによって土地に根ざした力ない個性的なものたちが淘汰されていく。

大好きだった自分の親が学生時代から通っていた定食屋さんが閉店した。
家と店舗の境目が曖昧なコタツがある小上がりに座って、カツと山盛りの千切りキャベツでフタがしまらないカツ丼にこれでもかとソースをかけて食べることはもうできないのだ。カツとカレーが別皿で提供されるカツカレーも、他では食べられない甘いツユの肉うどんも、もやしの餡がかかったラーメンも、もう食べることはできないのだ。そして、そんなお世辞にも清潔と呼べないような味のある店(めっちゃ褒めてる)はきっともう新しくできることはないんだ。

首都圏のイオンやららぽーとのテナントラインナップとうちの近所にあるイオンモールのテナントのラインナップなんてほとんど同じだ。
豊洲のららぽーとにはじめて行った時に僕はこの事実に気づいて戦慄した。

これは僕たちが望んだことだけど、このまま未来へ向かっていってOKなんだっけ?

最近は、地元地域でお寺の住職としてではなく、一地域住民として地域のこれからを考えて活動をしている。共感して一緒に活動してくれる少数の仲間と小さなことからはじめている。
しかし正直、未来への明確なヴィジョンがある訳ではない。ただ一つ考えているのは「残すもの」をきちんと考え、見極めた上で大切にすること。キーワードは個性。

上の記事に関してもそういった思いで取り組み書いた。

各地の祭りなんかは象徴的ではないか。全国各地にその土地に紐づいた個性的なお祭りがあるが、これから先に特定の土地に紐づいたお祭り、特に奇才の類が新たに生まれることがないことは想像に難しくない。均質化する世界の波に抗うには、「こんなに科学が進んだ現代なのに何やってんの?」みたいなことを本気でやることも必要なのだ。きっとそこに代替できない価値がある。
そして、それはあてがわれた大きなモノサシに収まりきらない、僕らのはみ出したところを癒してくれるのではないだろうか。


僕らの地域・社会は誰によって都合の良いようにプランされているのだろう(陰謀論ではないよ)。黙っていたら、大きな波にさらわれて誰にも好かれない、誰にも嫌われない、どこにでもあるものになってしまう。

誰かに期待するのはやめて、信頼できる少数の仲間と自分たちの手で小さくはじめてみる。その手触りを頼りに、残すべきものと新たに作るべきものの先にある未来へ向かっていきたい。

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