絶対に負けられない釣り
サッカー日本代表が帰国したころ、
私は神奈川県小田原市にいた。
ことの発端は数ヶ月前。
会社の偉い人と飲む機会があり、
「そういえば君は釣りやるの?」
「誘われればたまに、、」
「じゃあ12月に小田原で船乗ろう」
釣りをやらない人には理解し難いが、
船釣りとは朝6時に漁港を出発して
一回に一万円以上かかる、
貴族にのみ許された遊びなのだ。
朝6時に小田原を出港する、
しかも偉い人がいるので遅刻できない、
そうなると東京を出るのは朝3時である。
家族にも当然迷惑がかかる。
まずは稟議を奥さんに通す必要がある。
いきなり話を切り出すのは愚策。
恩を売りまくるのが得策。
自発的に子供の弁当を作る、
奥さんには映画を見に行くように勧める、
など。
情けないし古典的だが効果的。
やってることが釣りバカ日誌だ。
「偉い人に釣りに誘われてさぁ」
「ふーんでも遠いんでしょ」
「そうなんだよね。でも断り辛くて」
「ふーんまぁ気をつけて行ってきなよ」
会社では偉い人に気を使い、
家庭では奥さんに気を使う。
サラリーマンの生態は今も昭和のままだ。
とにかく許可が降りたので、
眠気と戦いながら東名高速をかっとばして
冬の小田原へと向かう。
狙いは赤ムツ(ノドグロ)とオニカサゴ。
漁港につくと既に偉い人が四人、
そして私と同じ境遇の下っ端Aがいた。
急いで船に乗り込む。朝6時出港。
港を出たところで気づく。
仕掛けを全部車に忘れた。痛恨のミス。
急いで下っ端Aに相談。
「仕掛け全部忘れた、、」
「俺も2セットしかないですよ?」
「頼むから1セット貸して、、」
優しい下っ端Aから借りた1セット。
深海250mの相手になんと心許ないのか。
でもサッカー日本代表はあの大国相手に
ジャイアントキリングを決めてみせた。
俺だって絶対に負けられない。
頭の中に流れるあのテーマ。
富士山に見守られ、黙々と糸を垂らす。
天気は良く波も穏やかだが当たりは渋い。
偉い人も全然釣れていないようだ。
船全体にイライラした雰囲気が漂う。
そんななか、初ヒットが私の竿に。
偉い人がいる手前、これは気まずい。
恐る恐る引き揚げると
釣れたのは外道のスミヤキ。
小田原では人気のローカル魚だ。
これを皮切りに、私の竿に連発する。
偉い人たち釣れてないけどイーンですか?
イーンです!!心の楽天カードマンが叫ぶ。
だが釣れるのは外道ばかり。
サバ、カサゴ、よくわかんないハゼ、、
偉い人は相変わらずイライラしていたが、
そのうち本命のオニカサゴが当たり始めた。
ここはオーバーリアクションで反応。
「すげー!!イカツイ顔してますね!」
「自分なんて外道ばっかりですよ」
偉い人にぺこぺこしながら
クーラーボックスを外道でいっぱいにして
釣りは終わった。
下っ端Aの1セットの仕掛けは
一度も切れることなく、戦い抜いた。
今大会の守護神である。
全方位にぺこぺこしながら
早起きして高い金払って、
俺は何が楽しいんだろう、、
そう思いながら東名高速で帰路に着く。
早く帰って寝たい。
そして東名高速は事故渋滞。
一時間で数メールしか進まない。
俺の人生は何なんだ。
結局6時間かけて自宅に着いた。
子供は当然寝ていた。
奥さんはドラマを見るのに忙しい。
私はコソコソと後片付けをして、
コソコソと魚を捌いた。
「スミヤキって魚食べてみる?」
「なにそれ知らない」
「骨は多いけど美味しいんだって」
外道の刺身を夫婦で食べた。
脂がのって美味しい。
こうしてサラリーマンの戦いは終わった。
日本代表よ感動をありがとう。
私たちも諦めずに戦います。
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