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行きつけの店が欲しい

行きつけの店が欲しい。

仕事で神楽坂に行った際、上司が
「ちょっとBARに寄って帰るわ」
とか言って路地に消えていった。
神楽坂に行きつけのBAR。おしゃれ!

私に行きつけの店はない。
正確に言うと、今はもうない。
かつて地元に一軒、
行きつけの中華屋があった。

高校の部活仲間で食べに行っていた店。
小汚い店だが繁盛していた。
料理がとびきり美味いわけでも、
安いわけでもないただの中華屋だった。

高齢の夫婦で営業していて、
おじさんとおばさんはよく口論していた。
我々高校生にはいつも優しく、
スイカだの梨だのをサービスしてくれた。

高校生なので通ぶって、
焼きそばが美味いとかタンメンがどうとか
語っていたが、正直味は普通だったと思う。
「行きつけの店があること」が嬉しかった。

小汚い店内の奥に謎の座敷があって、
4畳くらいのそのスペースにいつも通された。
多い時には10人以上そこに座り、
今となっては信じられない「密」であった。

高校を卒業してからは帰省のたびに通った。
みんながそうするので、
おじさんは誰がどこで何をしているのか
だいたい知っていた。

そんな青春の素晴らしい舞台を、
あの震災が壊してしまった。
おじさんの体調も良くなかったらしい。
ちょうどいい区切りだったのだろう。

我々の行きつけの店は取り壊され、
今は駐車場になっている。
狭い座敷で語りあった素敵な時間は
二度と帰ってこない。

行きつけの店が欲しい。

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