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武道とウェブディレクターを両立して10年が経った。

僕が「空手」と出会ったのは中学2年生の時だった。
当時、K-1が全盛期で空手もたくさんの人がはじめていた。

それなりに試合に出て、
それなりにトロフィー貰って
大人になっても続けてて九州新人戦優勝するくらいまで頑張った。

でも、そこから長いトンネルに入る。
もともと、性格が格闘技に向いていないことと
Aクラスというセミプロみたいな人たちが出まくる大会にスライドしたことで全く勝てなくなってしまった。

やめようかなーとも思ったけど
思いとどまって
20歳のころ、一旦空手を休会することにした。

それから時は流れて25歳
僕はウェブディレクターになった。

仕事にも少し余裕が出てきて
運動不足でぶよぶよの腹をどうにかしたくて
もう一度、空手の門をくぐることになる。

最初は運動不足の解消程度で始めたけど
やりはじめると欲が出る。
次第に試合も出るようになった。
このへんからウェブディレクターと競技としてのフルコンタクト空手の両立が始まった。

試合で勝つためにはたくさん練習をしないといけない。
でも、仕事で練習に行けない日も多い、
早く終わった日は原付に乗って40分かけて道場まで行った。

雨の日はびしょ濡れ
冬の日は凍えながら
なんとか続けた。

そして、結婚して、子供が生まれた。
家も買った。
このへんから、空手の優先順位はどんどん下の方に行ってしまって
次第に道場から足が遠のいてしまった。

30歳に差し掛かろうとしたころ
一緒に空手をしていた親友が独立して道場をつくった。
僕もその道場に移籍することに

ともに道場を盛り上げるパートナーとして
ウェブサイト、広報物や看板をつくった。
試合があれば撮影して
より空手に深く関わるようになった。

そして、彼の道場で僕は黒帯を取ることになる。
僕はそれまで黒帯のひとつ手前茶色帯を15年近く締め続けた。
僕にとって黒帯はその道場で一生をかけて空手道を歩む
ってくらい重いものだったから、気軽に取るのは何か気が引けた。

でも、その親友の道場で黒帯を取りたいと思った。
最後の10人組手は全日本クラスの選手も集まってボッコボコにされたけど
僕は黒帯を締めることができた。

いま、フリーランスのウェブディレクターと空手を両立している。
稽古は週2回。その他競技力を維持するために自主トレを週2~3回
本当は週4回くらい行きたいところだけど、
家族で夕飯を食べる時間がなくなるので2回に抑えてる。

空手に限らず、仕事と競技と家庭を両立している人は
時間の使い方がとても難しくなる。
どんなにきつい稽古で疲れてても怪我しても
家庭と仕事に影響してしまえば両立できていないことになる。

冷たい言い方かもしれないけど
他者にとって僕の空手はただの趣味であり
きつかろうが知ったことではない。

今年の僕の目標は
10月にある親友の主催の大会で優勝することだ。
家庭も仕事も犠牲にせず
隙間時間を効率的に活用しトレーニングをしていく。
がんばろー!

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