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世界で戦う蔵元も「原点回帰」に辿り着く。

2020年12月初頭。個人的にはかなり興味深い、というよりも驚きの商品情報が流れてきました。

「獺祭 純米大吟醸生酛45」が発売される。

山田錦と純米大吟醸に重きを置いて高級路線を切り拓いてきた旭酒造。世界進出も意欲的に進める中、今やスーパーでも見かけられるようにもなった獺祭がこのタイミングで古典的な製法である「生酛」を冠した商品を発売する。こんなに興味深いことはそうは無いでしょう。

発売後すぐに入手して飲んでからはしばらく経っていますが、今回はそこから考えられることを想像して書いていきますよ。


獺祭のこれまでと課題

新商品について考える前に、獺祭の特徴や環境について整理してみましょう。

2016年度では清酒メーカーの売上高ランキングで8位に入るなど、この数年で灘や伏見の大手酒造メーカーとも肩を並べる程の位置についた旭酒造。海外を含め広いエリアへの安定供給や「いつ飲んでも美味しい」というイメージは堅いものになりつつあることでしょう。誰が飲んでも「間違いない」味のお酒がいつでも入手できるという事は、獺祭の非常に大きな強みとも言えますね。

現代の日本酒シーンを引っ張ろうとすると、「お酒は料理があってこそ」という意見もあるように、特にグルメトレンド層や海外層へ向けて日本酒と料理のペアリングは避けられないものでした。特に2018年のフランスへの出店「Dassaï Joël Robuchon」は記憶に新しいでしょう。

「甘い香りがある綺麗なお酒」が中心の獺祭。磨きの違いやスパークリングなども駆使して様々な料理へのペアリングを行ってきました。ですが、合わせられる料理やシーンにもある種の限界があったのではないかと考えられます。
肉類などの味の強い食材や家庭料理などの大味なものに対しては弱いこと。料理毎にお酒も変えるペアリング式ではなく、ボトルでのオーダーでコースを楽しむ際の懐の広さ(狭さ)。甘味が強く感じられることで長時間飲み続けることの難しさ。など。
酒質そのものとして変革が必要とも考えていたのでは、と思います。

また、幅広い供給がされることについても弊害があると考えます。それは、
仕入れてから飲まれるまでの品質が担保されるか不透明になりかねない
という点です。正規販売店ではないお店で売られている場面が散見される現在、製造側が意図していない味を飲まれる可能性は0ではありません。そこまで強い酒質では無いですが常温陳列されていることも多いでしょう。獺祭のネームバリューとしてはここは避けられないとも思うので、「より強い酒質」というものも模索されていたのではないでしょうか。

そういえばこんな広告もありましたね…

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「原点回帰」とは

これまでの課題に立ち向かうために生み出されたものが、昨年2月に発売された「新生獺祭」や、今回の「生酛」なのだと思います。

新生獺祭は古来の酒に習うとしていますが、造りは非公開。ただ、これまでの獺祭と比較しても旨味をより出すような方向性に感じました。詳しくは発売時の蔵元日記を見てください。

そして生酛はどうでしょう。

酒造りの原点回帰として近年多くの蔵元さんがチャレンジしている造り。これまで生酛といえば重たく飲みにくい味とも思われがちなのですが、新政を筆頭に軽快さやフルーティーさが特徴の商品も増えてきました。速醸に比べて手間や時間が非常にかかり大変だとも聞きますが、生酛にしか無いメリットがあるのも事実でしょう。それはたとえば、開栓前後の時間による変化に強かったり、ペアリングの幅が広がったり、温度が上がってもダレにくかったり。獺祭も、これまでの弱点を補える要素としてこの生酛を試したのでしょうか。

今回の獺祭生酛を実際に飲んでみると、獺祭らしい雰囲気も残しながら、現代的になり過ぎていない「王道」的な綺麗な酸味があるんですよね。生酛の新旧有名どころな新政と大七の良いとこ取り、という雰囲気。これまでの通常版(速醸)が持っていたような、分かりやすい甘味と香りは少し落ち着いてはいますが、速醸では出せない立体感や懐の広さが魅力になっています。
料理との相性も、より自由度も上がって合わせやすくなっているように感じます。獺祭は甘いから○○には合わない、と言われていた食材や料理でも、好相性となるものも多くなってくるはずです。

一発目からこの味。今後の展開がとても楽しみですね。

生酛っていいよね。

獺祭だけではなく、ここ最近で生酛にチャレンジする蔵元さんが増えてきました。新しい酒造技術の獲得とする所もあれば、江戸時代の仕込みの再現の一環として使う所、酒造りの本質は生酛にありと向き合う所など。各社それぞれに異なった思惑があるようです。

現代では日本酒全体の9割を占めるともいわれる速醸タイプの日本酒。酸味を出すことを避けられていた最近までは、速醸タイプのシンプルさというものは合致していたのでしょう。醸造技術が向上してきて精米歩合を低くするなどして高級路線へシフトしようとしていますが、見かけの技術や味の綺麗さだけでは価格も含めそろそろ頭打ちになるのでは、とも感じます。

そういえば以前、海外のお酒についてこんなことを聞いたことがあります。

「高級なお酒は飲み口は軽いが、味わいでは複雑さや奥行きを併せ持っているものだ」

いかに綺麗にしていくか、を目指してきた日本ではあまり無かった考え方かもしれません。こと速醸が中心だったこれまででは。

「軽快で複雑」

一見すると相反しているようにも見えるものが、生酛の日本酒で表現されようとしています。

今アツいキーワード「生酛」。
皆さんも要チェックですよ。

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