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力士の学歴

こんにちは。

一昨日、アマチュア相撲と大相撲の違いという記事を書いたのですが、その時に

大相撲の力士の学生時代を見る、これもおすすめです。

今の日本人力士のかなりの割合がアマチュア相撲経験者なので、探せばすぐに見つかります。

という風に書きました。

そんな風に昨今の力士は学生時代も相撲をする人が多いわけですが、歴史的に見ると実は少数派だったりします。今回はそんなところを含めて、力士の学歴について語っていきたいと思います。


学歴の種類

一般社会やプロ野球選手と同様、力士の学歴はおおむね以下のように分類されます。

①中卒
②高卒
③大卒
④社会人卒

で、一般社会と同様に、新卒枠みたいなのと、中途枠みたいなのがあったりします。
新卒の人は前相撲と呼ばれる、序の口の下のランクからとり、その次の場所から序の口に配属されます。
中途は「付出」といわれる枠です。序の口、序二段はスルーで、前相撲も取らず、三段目最下位(100枚目)格付出となるか、あるいは幕下付出になります。
中卒と高卒は無条件で新卒ですが、大卒と社会人卒は一部が中途です。
次章で詳しく解説します。


付出とは

中途入社に例えた付出。本当の中途入社のように役職を飛び越えて入門するわけですが、別に他社から来たわけではありません。だって日本に相撲のプロ組織は日本相撲協会だけですからね。

なら、どういう人がこの付出の資格があるかというと、アマチュア相撲で一定の成果を残した人に与えられます。

具体的な基準は以下の通りです(執筆時)。

義務教育を終了(中学卒業見込みを含む)した25歳未満の男子のうち次の基準を満たした者。
いずれも基準となる実績は一年間のみ有効。

三段目最下位格付出:「全日本相撲選手権大会」「全国学生相撲選手権大会」「全日本実業団相撲選手権大会」「国民体育大会相撲競技(成年男子)」のいずれかで8強以上に進出した場合。
幕下15枚目格付出:「全日本相撲選手権大会」(アマチュア横綱)、「全国学生相撲選手権大会」(学生横綱)、「全日本実業団相撲選手権大会」(実業団横綱)、「国民体育大会相撲競技(成年男子[2])」(国体横綱)のいずれかに優勝した場合。
幕下10枚目格付出:「全日本相撲選手権大会」の優勝に加えてその他3大会のいずれか1つ以上に優勝した場合。

まあ要は、

アマチュア相撲の主要な大会でベスト8→三段目最下位格
アマチュア相撲の主要な大会で優勝→幕下15枚目格
アマチュア相撲の主要な大会でめっちゃ優勝→幕下10枚目格

ってことですね。

次は、各学歴の特徴を見ていきます。


中卒

大相撲の大きな特徴として、「基本的に誰でもプロになれる」というのがあります。
例えばプロ野球なら、アマチュアで圧倒的な成績を残し、ドラフト会議で選ばれる必要がありますが、大相撲は身体検査があるのみ(しかも最近は有名無実化)で、入門する前になにをしてようが入門することができます。
そんなプロスポーツとして極めて特殊な構造を持つ中で、「中卒叩き上げ」が主軸として君臨し続けました。

要は、誰でも入れる分、当然若いうちから技術の習得を始め、角界に適合したほうが色々な面で良いので、未経験で中学卒業後すぐに入門する、というものです。
実は歴代横綱のほとんどが中卒です。戦後以降の歴代横綱の学歴をまとめたのがこの表になります。

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中卒のメリットとしては、上述の通り若いうちから技術の習得を始め、角界に適合できることのほかに、
・後述する「学生相撲用のテクニック」の習得が不要
・キャリアが長い
・先輩後輩関係に悩まされない
があります。

「学生相撲用のテクニック」は大卒を説明した後に書きます。

キャリアが長いというのは、例えば幕内昇進まで10年かかった場合、大卒の場合32歳ですが、中卒なら25歳。力士は大体30歳ぐらいで引退するので、この差はかなり大きいです。

先輩後輩関係というのは、大相撲というのは先に入門した人が年齢を問わずに先輩になるので、年下の先輩や、高校の同級生だったけど先輩、みたいな多少ゆがんだ上下関係が生じることがあります。
しかし中卒の場合、シンプルに先輩はみんな年上なので、人間関係の悩みが一つ消えると言っていいでしょう。大学を中退して入門した魁傑は、弟子の大乃国に、

高校卒業してから相撲取りになって年下のやつに張り倒されるよりは、十五歳で入って先輩から張り倒される方が、まだ我慢できるだろ。

と諭して中学で入門させています。(大乃国の著書より)

デメリットには以下があげられます。
・力士として大成しなかったとき、かなり困る
・しかも失敗確率が高い
・コネがない

まず一つ目、相撲は当然厳しい社会ですので、ほとんどの力士は入門しても大成しないまま終わります。そうなると、言葉を選ばなければ「中卒のデブ」になってしまうのです。
となると、肉体労働ぐらいしかできないでしょう。

二つ目、前述のように失敗した時のリスクが非常に高い大相撲において、中卒力士が成功する割合というのは低いです。
確かに成功した場合は選手寿命が長いんですが、そもそも成功のフェーズまでいかないのです。これは定量的に見るのが早いです。

相撲の成功の定義は比較的簡単で、「関取になった」ことと言えます。

大相撲は十両以上と幕下以下の格差が非常に激しいです。十両以上を関取、幕下以下を取的というのですが、取的はまず給料がありません。結婚も、相撲部屋以外で住むのも禁止で、強制大部屋なのでプライベートも皆無です。
一方関取になれば、年収1000万は絶対に保証(しかも減給は基本なし)で、個室ももらえ、結婚も自由、相撲部屋を出て外に住むこともでき、付け人もつきます。ちゃんこ番などの雑用も一切ありません。
出世欲を焚き付けるため、このような徹底した格差社会が作られています。

しかし、今でも新弟子の50%程度は中卒ですが、関取の中卒割合は30%程度です。
中卒力士の成功割合が低いことが分かります。

三つ目のコネ、これは他の世界と同様非常に大事になります。
大卒ならその大学のコネがあったりして、これはあらゆるときに役に立ちます。
それこそ一つ目の理由で挙げた、大成しなかった後のセカンドキャリアの斡旋、成功して親方になった後の弟子集め、など。

まとめると、中卒で入門するのは、ハイリスクハイリターンな方法になっています。

現役でいうと白鵬や鶴竜が中卒ですが、彼らはハイリターンの享受者です。特に白鵬は、15歳で入門して7年で横綱になっているのですが、大卒なら7年たてば29歳のところ、白鵬の場合22歳なわけです。現在35歳ですが、これだけ長く横綱を務めることが出来ているのも中卒入門ならではというところですね。

白鵬については別の記事も書いているので参照してください。


高卒

高卒入門はここ最近で急激に勢力を伸ばしてきたと言えるでしょう。

中卒入門の場合、未経験者も多いです。例えば白鵬も、稀勢の里も、未経験で中卒入門しています。しかし高卒で入門する場合、その中の多くが高校相撲で名をはせた人たちです。

現役だと琴奨菊、栃煌山、阿炎、貴景勝あたりが代表例となっています。最近引退した豪栄道も、高校時代にアマチュア相撲で抜群の実績を残して入門していますね。

ただ、ほとんどの相撲強豪校には大学とのコネクションがあるため、卒業生の大部分はそのコネクション先の大学に進むことになります。そのため、高卒での入門が許されるのは、元からプロ志望を明確にしているか、圧倒的な実績を盾にするしかないのではないかと推察できます。
高校横綱を取った人で角界に進んだ人は非常に多いですが、琴光喜、武双山、北勝富士など、大学に入ってから入門している人がその中でも多いです。

そのため、相撲強豪校からの高卒入門者はかなり出世する割合が高いようにも思えますが、なかなか人間関係的にも難しいのかもしれませんね。

というわけで、メリットは
・中卒ほどではないが、選手寿命が長い
・特に出世が早ければ、中卒並みに長く関取でいれる
・高校のコネはゲットできる
・仮に大成できなくても、高卒なので中卒よりリスク少

デメリットは
・付出入門は厳しいので、下積みが長い
・大学進学を断る必要があるので、人間関係的に面倒な可能性あり

また、外国人力士では高卒未経験で入門する人が多いですね。
曙、琴欧州、武蔵丸、など。

高卒入門を総評すると、出世が早ければかなりの選手寿命を見込めるため、ノーマルリスクややハイリターンって感じですかね。


大卒・社会人卒

社会人卒は非常に少ないので、詳しくは割愛します。

さて、現在の関取の多数派が大卒入門となっています。

実は、大学相撲の大相撲入りというのは、1960年代までは合計で十数人程度の非常に例外的な事象でした。特に大学横綱※の大相撲入りというのは、内田勝男さん(後の大関・豊山)ぐらいでした。
しかし1970年に日本大学から輪島が入門し、大相撲で横綱になり、14回優勝するなど大活躍します。これをきっかけに大卒入門は大きく増え、1990年以降になると大学においてトップクラスでない人たちの入門も増えます。

※正式名称は学生横綱ですが、この記事では混同を防ぐため大学横綱とします

大卒は入門が22歳、力士は大体30歳ぐらいで引退するので選手寿命が短いことが圧倒的なデメリットですが、その分前述した付出入門が認められることが圧倒的なメリットになります。
これによって下積み時代をショートカットできるのです。

前述したように、大相撲は十両と幕下の格差が非常に激しいです。十両以上を関取、幕下以下を取的というのですが、取的はまず給料がありません。結婚も、相撲部屋以外で住むのも禁止で、強制大部屋なのでプライベートも皆無です。
一方関取になれば、年収1000万は絶対に保証(しかも減給は基本なし)で、個室ももらえ、結婚も自由、相撲部屋を出て外に住むこともでき、付け人もつきます。ちゃんこ番などの雑用も一切ありません。
出世欲を焚き付けるため、このような徹底した格差社会が作られています。

さて、付出入門の場合、三段目最下位格ではそこそこ長めの下積みを経験する必要がありますが、幕下付出なら最短で1場所で取的から抜け出すことができます

1場所で抜けた人はまだいませんが、2場所はたくさんいて、現役だと御嶽海や遠藤がそれにあたります。


簡単にまとめると、メリットとデメリットは以下の通りです。

メリット
・付出入門の場合、下積みをすっとばすことができる
・コネがある
・仮に大成しなくてもリスクが少ない
・「学生相撲用のテクニック」がある

デメリット
・選手寿命がかなり短い
・「学生相撲用のテクニック」が染みついている

です。まとめると、ローリスクノーマルリターンって感じですね。

さて、中卒のメリットとして「学生相撲用のテクニック」がない、大卒ではメリットにもデメリットにもなりうるわけですが、これが一体何なのかを解説していきます。


「学生相撲用のテクニック」とは

学生相撲と大相撲では、ルール等に若干の差異があります。

特に違うのが、立ち合いのルール、勝ち抜き戦のみである、そして4年間しかキャリアがないことです。

大相撲の場合、負けても次の日がありますし、キャリアも非常に長いので、時間に余裕をもって自分の相撲の形を模索することができます。目の前の一勝の重みがそこまでないので、「弱点をなくす」鍛え方をしやすいです。

しかし大学相撲の場合、4年しかキャリアがないうえに勝ち抜き戦なので、目の前の一戦に勝つ、ということが非常に重要になります。そうなると「得意な一点を極める」鍛え方が主流となります。その中でも、突き押しを得意とする力士が多いです。

現役で見るとわかりやすいです。白鵬は相撲未経験の中卒入門、アマチュア相撲の技を身に着ける必要が全くありませんでした。結果、右四つの相撲を主軸としながらも、押し相撲にも負けないように弱点をつぶしながら成長していきました
一方貴景勝は、高校相撲で名をはせた選手ですが、高校はキャリアが3年しかなく、得意である突き押しを極めました。そのため、四つ相撲になると全くのダメダメで、とにかく組ませない、という相撲になります。

実際、日本体育大学相撲部の監督である齋藤一雄さんも、「4年しかないのでまわしは取らせない、とにかく突き押しを極めさせる」と過去に発言しています。

またこの動画の中で齋藤さんも仰っていますが、四つ相撲は体が大きい方が有利であり、それに比べると突き押しは体格差を覆しやすいため、学生相撲で四つ相撲を主体にとる力士は非常に少ないです。

さらに、アマチュア相撲は上記の記事でも書いたように、立ち合いが大相撲とは異なり、選手双方が同時に両手を土俵に付き静止した後、主審の「ハッケヨイ」の「掛声」により立ち合うと決められています。そして待ったも非常に多く、いわば立ち合いの駆け引きが非常に重要となっています。

こういったアマチュア相撲独自の技術的発展を経てきた選手に対し、大相撲側からは「技巧に走る」「悪い癖がつく」、挙句の果てには「アマチュア相撲上がりは使えない」という風に評価する人も少なくありません。

実際、中卒叩き上げ入門にこだわっている部屋は多いです。立田川部屋、芝田山部屋、峰崎部屋、かつての貴乃花部屋などです。


現役力士の学歴分布

さて、そんな中現役の幕内の学歴分布はこうなっています。

キsャプチャ

中卒:高卒:大卒=14:12:16と、おおむね同程度いることになります。
かつてはほとんどが中卒だったわけですが、日本社会が経済的に豊かになったことに加え、少子化によって子供一人の価値が高くなり、リスク回避のような形で学歴を積ませる形が増えたこともあって、今後高卒・大卒割合は増えていくでしょう。

そして今後高卒・大卒割合が増えれば、大相撲で必要とされる技巧もアマチュア相撲化していくと思います。実際、かつての大相撲に比べ、今の大相撲は立ち合いに非常に時間をかけますし、手付きも厳格化しました。

昔の大相撲

現在の大相撲



なので、「学生相撲用のテクニック」がデメリットとして小さくなっていき、結果として大卒入門者がより増えていくと推測します。

まとめ

まとめると、

中卒…ハイリスクハイリターン
高卒…ノーマルリスクややハイリターン
大卒…ローリスクノーマルリターン

ということです。

今後大相撲を楽しむ際に、ぜひ学歴にも思いをはせながら見てみてください。

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