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血の色

 なんにせよ、制度がその役割を全うしうる条件は、それが「正義」であるか否かということである。

 正義のヒーロー、ジャスティスファイブのリーダー、ジャスティスレッドは灰色の土煙舞うあの採石場に立っていた。たったいま彼が蹴散らしてきた世界征服を企む悪の組織の戦闘員たちの無数の屍を背に、レッドは静かにその剣を構えた。太陽光をそのまま映したかのような黄金にきらめくこのジャスティスブレードの切っ先が向かう先には、ジャスティスファイブの最大の敵、悪の組織デイモンボーンの首領、怪人アークマール。この怪人を倒し、世界に平和を取り戻すことがジャスティスファイブの使命である。
 

 怪人アークマールは、今まで倒された怪人たちの怨念が形作った鎧を身にまとい、レッドの前に立ちはだかった。鎧のあちらこちらから、今は亡き怪人たちの怒と憎しみがまじりあった顔が、今にもレッドにとびかかりそうに浮き出している。
「ついに、ついにここまで来たぞ…アークマール!」
「くくく、よくきたなぁ!ジャスティスレッドぉ……今日こそ貴様をあの世におくってやるぞぁ……」

 仮面から漏れる、あの大袈裟で芝居じみた声は高揚した。
「ほざけ!お前を倒し、世界に平和を取り戻す!」
「そう簡単にいくかなぁ……貴様一人にぃ…何ができるとぉいうのだぁ……くくく……」

 アークマールは鎖のついた棘鉄球を構えて、その仮面の下から不敵な笑みをもらした。それに対しレッドは白いグローブをそのスーツの胸に当てて叫んだ。
「必ずお前を倒す!この俺の真っ赤に燃える熱い正義のパワーでだ!」
「はっ!くだらんぅ。何が正義だぁ。五人集まらんとぉ何もできんくせに……お仲間はどうしたぁ?何か用事でもぉ…あるのかな?」
「あいつらは今必死で戦っている!そして必ず勝ってここに来る!お前の相手は俺だ!そうなったらアークマール!味方がいないのはお前の方だ!」
「我が配下、あの四天王の力をどうやら甘く見ているらしいな……今頃貴様の仲間の首がゴロゴロと転がっているころだろぉ……」
「あいつらは必ず勝つ!そう誓い合ったあいつらを俺は信じる!」
風が吹き、土埃は二人の間で一層強くなった。
「いくぞ!」
「来いぃ!」
 レッドは、アークマールに向かって走り出した。

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 デイモンボーンの戦闘員の手首に引かれた白い線は、一説には家族の有無を示す印であるという。地べたを這いながら、最後の力を振り絞った戦闘員が伸ばしたその手には、太く引かれた一本の白いラインがのぞいていた。
 よどんだ空気が漂う薄暗い廃工場で、ジャスティスブルーは足にまとわりつく腕を振り払い、戦闘員にとどめの一撃を加えた。
 ブルーの前には、デイモンボーン四天王が一人、イヤガラセンの首が転がっている。

「さて、あいつらはどうしたか……」
あたりを見回すと、向こうから聞きなれた声がする。
「おーいブルー!大丈夫かー!」
 イエローとグリーンだ。
「あぁ、奴は今倒したところだ。その様子だとお前らも……」
「おう!軽くひねってやったっての。なぁグリーン?」
「あなたは結構苦戦していたようにみえましたけどね。」
「うるせぇっ!お前だって」
「なんですか!」
「やめろやめろ!こんなところで言い争っている場合か!」
「それもそうですね。しかし……おやおや、こんな姿になって…」
グリーンはブルーの足元を見ていった。
「イヤガラセンの首だ。」
「こいつのせいでどれだけの人間が犠牲になったことか……許せません。」

 首を踏みつけてグリーンが言うと、にじみ出た血が、乾いた砂ぼこりとコンクリートの地面に染み込んでいく。
「お前、えげつないことするのな。まぁいいか。こいつにはそれだけのことしてきたってわけだしな。」
「あとはピンクか。」
「あぁ、彼女なら心配ありませんよ。私たちがここに向かっている途中に連絡が入りました。四天王は倒したと。あと一般人の非難もそろそろ完了するそうです。」
「そうか!良かった。あとはレッドのところに向かうぞ。」
「そうですね……」
 腕の時計型の無線装置をみながら、グリーンは口ごもった。
「どうした?何か気になることでもあるのか?」
「それがなぁ……なんだか四天王を倒したっていうのに、あまり元気なかったのよ。なぁ?」 
「そうなのです。体は無事のようですが、もしかしたら何かあったのかもしれない。」
「そうか……」
少し思案してブルーは言った。
「だが今はあいつを信じるしかない。レッドのところに向かうぞ。あいつもきっとくるはずだ。」
「だよな!行こうぜ!」
「そうですね。」
 三人は廃工場を後にし、採石場に向かった。

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「ええ。そうよ。こっちは問題ないわ。一般人の避難ももうすぐ終わるところ……四天王もすぐ片付くわ。」
 無線機に話しかけるピンクは、運河に面した橋のたもとにいた。彼女の背後には。体をバラバラに分断された四天王、サカウラミノスの肢体が散乱している。
「それよりも……ごめん、一回切るね――もう起きたの?」

 サカウラミノスの首がピンクの方を向くとゆっくりとその口が開いた。
「あははっ!これで勝ったつもりなのっ!?ジャスティスピンクっ!私はバラバラにされても何度だってよみがえることができるのよっ!」
「そう?やってみたら?」
「ん?あれ、どういうことっ!?まさかあなたっ!いつのまに!」
ピンクは赤く光る球体を指でつまむようにして、サカウラミノスに見せた。
「そう。あなたの不死身の肉体はこの核が体内にある限り無限に再生する。だったらそれを取り除くまでよ。これが私の手にある限りあなたはずっとバラバラのまま。そこで黙って寝ていなさい。」
「ちくしょぉぉぉぉ!なぜそのことを!おぼえていなさいよぉぉぉ」
 

 事前に彼らの弱点と対策をたてていたピンクにとって、サカウラミノスとの戦闘は、とるに足らないことであった。それよりもピンクの心を煩わせたのは、非難が完了しつつある一般人の方であった。大半の非難は完了していたのだが、デイモンボーンに恨みのある一般人数十人が、徒党を組んで蜂起したのである。彼らは武器を取り、わらわらと群がるデイモンボーンの戦闘員を片っ端から狩り始めた。彼らの大半は、家族や恋人を殺された人々である。命を捨てる覚悟でなりふり構わず突っ込んでいく。どうにかしようにも、ピンク一人ではどうすることもできなかった。

 ピンク自身ができる限り戦闘員を倒したため現在戦闘は起きていないが、大勢が傷を負い、幾人かは命を落とした。ピンクの中には釈然としない気持ちがずっと残っていた。
「それが、あいつの命なの?」
一人の女がピンクに近づいてくる。歳は三十代くらいだろうか、右手を背中に当てるようにしてよろよろと歩いてくる。虚をつかれて驚いたピンクは女を見て言った。
「大丈夫!?どこか怪我していない?」
「ええ、大丈夫よ。どこも問題ないわ。」
「だったら早く非難して!ここは何とか落ち着いたけれど、このままだとあなたも巻き沿いを食ってしまう!」
「それより、教えてよ。それがあいつの命なの?」
女の目はずっとピンクの持つ赤い球体に向いている。
「そんなことより――」
「いいから!教えてよ!」
 女は右腕を振り上げた。その時ピンクの目に腕に握られたものがはっきりと映った。刃に血がべっとりと付着した包丁だった。
「あっ!」
刃を避けた拍子でピンクが赤い球体を落とすと、女は即座に球体拾うと、指でつまんで力をかけた。
「痛たたたたっ!なにするのっ!やめなさい!」
 向こうでサカウラミノスが叫ぶのを確認するや、女は球体を地面に転がすと、ピンクが制止するのもむなしく、球体を踏みつけた。何度も何度もバラバラになるまで踏みつけた。女が踏むのをやめたとき、サカウラミノスはもう何も言わなくなっていた。
「ざまあみなさい……」
「なんてことを!もう早く逃げて!」

 女にはもはやピンクの声など届いていなかった。女の目が次にとらえたのは、すぐそこに倒れているデイモンボーンの戦闘員である。戦える状態ではないがわずかに息がある。何とか腕を伸ばして地面をつかもうとしている戦闘員に向かって女は走り、その背中に刃を突き立てた。何度も何度も。戦闘員が絶命しても尚。
「やめなさい!もう死んでいるわ!」
ピンクは女を羽交い絞めにするようにして引き離すと、女は泣きながら叫んだ。
「こいつらがみんないけないのよ!あの子を!あの子を返してよ!あぁぁぁぁぁ!」
「あなた……子供を……」
女は包丁を戦闘員の背中に残して泣き崩れた。
「とにかく、非難しましょう……」
 ピンクは、腕の無線装置を起動した。
「……ええ…サカウラミノスは死んだわ……私はもう少しやることがあるから……」
 連絡が終わると、ピンクは女の肩を抱えながら、無数の刺し傷を抱えて横たわる戦闘員を背中に避難所に向かった。ボロボロになり、投げ出された戦闘員の手首には太い白い線と、細い線とが刻み付けられていた。

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 土埃舞う中に、いまだレッドとアークマールの姿があった。だんだんと彼らの姿がはっきりと見えてくる。
「どうやら、お前の仲間は四天王を倒したようだ……」
アークマールは、身体を真っすぐに貫いたレッドのジャスティスブレードを抱くようにして、眼前のレッドの顔に語り掛けた。
「貴様もこれで終わりだ!」
 レッドが力をこめると、剣はさらに深くアークマールの身体に沈んでいく。沈んでいくほどに、鎧からは血が溢れてくる。

「ぬぐっぅ!」
「俺たちは正義だ!悪には決して屈しない。悪を乗り越えるのが正義だ!」
「そうか……嬉しいよレッド。お前が今こうしていることが、私はたまらなくうれしい。その仮面の中のお前の顔が透けて見えるようだ。とてもうれしいよ。」
「なにを……貴様――」
 仮面のアークマールの口は笑っていた。身体を貫かれてもなお、彼の口は笑顔を作っていた。その横を、涙がとめどなく伝っていた。
「くっ!」
 咄嗟に剣を引き抜いてレッドは距離を取った。倒れこんだアークマールはそれでもレッドをずっと見ている。
「本当にうれしい。レッド、お前と俺は同じだ。今同じになったんだ。とても喜ばしいことじゃないか。」
「ふざけたことを!貴様と俺が同じわけがない!」
「いいや、同じだ。この血の色と一緒だ。この血のい……ろ…と――」

 アークマールは絶命した。
「終わったのか……」
レッドはしばし呆然としていた。いつの間にか風は止み、か太陽が彼を照らし出した。すると後ろから彼を呼ぶ仲間の声が聞こえてくる。だんだん近くなる仲間の声を背に受けたレッドは振り返った。

 逆光線でシルエットになった彼の握る正義の剣からは、今打ち破った悪の血がまだ滴っている。
 

 地面に落ちて滲んだ血は、彼の中に燃える正義と同じ色をしていた。

チョコ棒を買うのに使わせてもらいます('ω')