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マネキン

 この屋敷の第一印象を率直に述べるならば、それは彼にとって最悪と言ってよかった。

 男は建築家だった。屋敷のリフォームと改築を依頼されて今ここにいるのだが、なんとこの屋敷の不気味なことか。不気味の原因は屋敷中所狭しと飾られたマネキンたちだ。この広い屋敷には部屋にはもちろん、廊下にまで、白色の裸マネキンがいろいろなポーズを取りながら飾ってあったのだ。ここまでくるともう不気味を通り越して恐怖すら感じる。トイレにも飾ってあったのを見たときは声を出しそうになったほどだ。

 彼は一通り屋敷を案内されたあと、やはりマネキンだらけの応接室に通された。しばらく待っていると、車いすを押されて屋敷の主人が現れた。白髪の柔和な老人だった。

「初めまして、この屋敷の主のOと申します。今日はわざわざありがとうございます。」

「建築家のMです。よろしくお願いいたします。しかし、このお屋敷は…」

「あぁびっくりなさったでしょう。ちょっと変わっていますものね。」

「はぁ……」

 ちょっとどころの騒ぎではない。異常というほかなかったが、男はあいまいな返事をした。

「私はマネキンが好きでね。あの真っ白で、すらりと伸びた手足、無機質な凹凸だけがある顔がたまらなく愛おしいのですよ。だからいつも観ていたくなりましてね。そしたらこんな屋敷になっていたんですな。」

 主人は笑いながら言ったが、男には全く笑えなかった。向こうもその気配を察したのか、

「あぁ、すいません。早速本題に入りましょう。あぁ、冷めてしまいますから飲んでください。」

 主人はそういうと、彼の目の前に置かれた紅茶をすすめた。

「いただきます。」

 一口飲んでから、リフォームと改築の話が始まった。ところが、肝心の細かい話になると、主人はマネキンのことを話し出すため、なかなか話が先に進まなかった。人がいい男は、主人の話を無視できず、ついつい話を聞いてしまうのだった。

「あなた、このマネキンたちがどこから来たのか、気になりはしませんか?」

「はぁ……どこからというか、デパートなどと同じくマネキンの業者に依頼したのでは?運び込むのは大変そうですが……」

「いやいや、このマネキンは業者のものじゃありませんよ。こんなにバリエーションを持ってる業者なんかいやしませんから。」

 よく見てみると確かにそうだった。マネキンはマネキンなのだが、一体一体同じではなく微妙に顔の凹凸や手足の長さが違う。

「では……どこから?」

 主人は不気味に微笑みながら言った。

「このマネキンたちはね、元はみんなこの屋敷に訪ねてきた人なのですよ。」

「どういうことですか?」

「私はね、普通のマネキンではもう満足ができないのです。だから、人間をマネキンにする薬を作らせたんですよ。それを飲むとね、じっくりじっくり体が白くなっていって、だんだん固くなってくる。そうやって皆マネキンになったのですよ。」

「ご冗談を。それではなんですか、私もマネキンにするつもりでお呼びになったと?」

「その通り。」

「Oさん。冗談が過ぎますよ。そんなことより本題に――」

「あなたが飲んだそのお茶、それに薬を入れてましてね。もうしばらくしたら、あなたにも体がこわばってきたのがわかるでしょうよ。」

「何を言ってるんですか、そんなことあるはずない!」

 彼は声を荒げてていったが間髪入れずに主は言った。

「なーんてね!」

「……え?」

 あっけにとられた彼は言葉を失った。

「いやぁごめんなさい。年寄りの悪い癖でね。ちょっといたずら心がうずいて嘘を言ってしまいました。そんな、これからリフォームをお願いするのに薬を盛るわけないじゃないですか。マネキンだって業者に特注して作らせたものですよ。こんな数の人間がいなくなったらさすがにおかしいでしょう。」

「なんだ、はぁ……びっくりしましたよ、まったく。」

「いや、申し訳ない申し訳ない。ただ、私は飲みましたけどね。」

「は?」

「あなたを呼んだのはね、これからマネキンになる私を飾る場所とディスプレイについて相談したかったからなんですよ。」

 主人は足全体を覆う厚いひざ掛けを少しめくって見せた。そこには、今日彼が何体も見たあの白い足がのぞいていた。


チョコ棒を買うのに使わせてもらいます('ω')