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迷わせずに、悩ませる。ゲームをおもしろくする「ジレンマ」とは何か

ジレンマのあるゲームが好きです。とよく言ってたんですが、けれど最近までジレンマを自分の中でシンプルに定義できていませんでした。

でも先日の社内MTGでアシタさんが持ち込んだプロトタイプをプレイしたあとのフィードバックの時、すっきりな言葉にできました。

ジレンマとは、「目的に向かう手段が複数あって、どれも正しそうに見える状態」かなと。

与えられている、あるいは獲得した選択肢を見渡してみたときに、どれも目的に合致しているように見えて、どれを選べばいいのか悩ましいって感じ。決断とセットで発生するやつです。

ゲームの中でいえば、手札からどのカードを出すか決める時や、あるいはそもそもカードを出すかどうかを決める時などによく見られます。ここでの「カード」は任意のリソースに読み替えても同じです。

そういえば、「ジレンマに悩む」とは言いますが、「ジレンマに迷う」という言い方はしません。悩む、つまりジレンマという状態はプレイヤーが選択肢の内容を理解し、吟味できていることを示します。逆に選択肢の情報がそもそも処理できていないなら、迷ってはいますが悩んではいないわけです。

家電詳しくない人が、家電量販店に行ってズラッと並んだ洗濯機を見て、どうやって選んだらいいか分からなくなっていると迷っているという感じ。そうでなく、2台の洗濯機を前にどちらが良いかを考えるのは悩んでいるという感じですね。

このように迷いと悩みは似て非なるもの。そして、迷いは認知コストからくるストレス、悩みは決断コストからくるストレスです。

通常、認知コストがかかるゲームを楽しいと思う人はいません(トポロメモリーのような早取りゲームではむしろそれがゲームの面白さですが、例外だと思います)。

反面、決断コストは脳みそに大きな負担をかけますが、それが成功した時の快感が帳消しにしてくれます。これがジレンマのあるゲームの面白さにつながります。

これらが混同されていると、まあそこそこ面白いけど、遊ぶのはやたらと疲れてなんだか割りに合わないゲーム、みたいな感じになってしまうんじゃないでしょうか。

なのでジレンマのある面白いゲームをつくるぞ、と考えた時に注意しなければいけないのは、プレイヤーに選択肢を提示する際、いかに「迷わせずに、悩ませるか」だと思います。

そのためにゲームデザイナーは、コンポーネントのデザインやルールブックの書き方で、プレイヤーの迷いをいかに潰せるかに頭を使うことになるでしょう。表現の取捨選択で、それこそジレンマだらけになるのです。


ナイスプレー!