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きみのおめめ 眉のうえの前髪 #13

「このあたりがいいかな?」
薄い櫛ですい、と上げられた娘の前髪。娘は美容師さんの問いに、こくりと頷いた。

しゃきり、と音がしてぱらぱらと前髪が落ちる。
娘はわずかに眉をひそめて、鏡に映った自分を見ている。ケープに包まれひょっこりと頭だけ出した娘は、まさに借りてきた猫のようにおとなしい。
頬に付いた数センチの髪の毛を美容師さんが払う。それでも娘はまっすぐに鏡をみつめたままだった。
鏡の横に立ち、難しい顔をする娘を見る。眺め続けても目線が合うことはなく、近いけれど遠いこの場所から娘を見るのが好きだ。
いつも通り、娘はしゃきしゃきと鳴るハサミを訝しむように、むっとした顔をしている。

娘の希望通り、眉からすこし上までの前髪になった。美容師さんが娘にありがとうね、というと、
「ありがとうございました」
と、カットしてもらった革張りの椅子に猫のように丸まりながらこたえていた。両手で数えるほど通っても、まだすこし恥ずかしいらしい。

手を繋いで歩いて帰る。
かわいい娘ちゃんがもっとかわいくなったね、という。
前髪が短いと、娘の表情がよく見える。
えー?と言いながらトン、トン、とツーステップを踏み始めた。跳ねるたび、短くなった前髪の端がふわ、ふわ、と跳ねる。秋の穏やかな陽に照らされる娘の顔が、すう、と明るくなった気がした。

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