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ふたりで見た白い月は、飛行機が飲みこんだのだ

3歳の娘が想像する自由を、私が削ぎ落としてしまわないように。反省と自戒の話。



空気清浄機の上に、絵本を開いて立てかける。
バン、バンと指先で叩かれるSHARPのプラズマクラスター。壊れた洗濯機のようにガタガタと揺れていた。
壊さないでね〜と言う私の声よりも大きく、娘は歌を歌っていた。
絵本と空気清浄機は、楽譜とグランドピアノだった。

ブロックを組み合わせて、カブトムシを作った。
娘はそのカラフルな胴体を持ち、ダイニングテーブルの上にあった本を全てなぎ倒した。ぐわんぐわんと揺れるマグカップを抑えながら、私は、危ないでしょ、まわりをよく見てと言う。
その本は、樹液に群がるクワガタムシや、カナブンだった。

お風呂で娘の髪の毛を洗っていると、浴槽の縁にプリンの空きカップを3つ並べた。
立ったり座ったり忙しく、1000mlのペットボトルにお湯を入れてはカップに注ぐ。どばどばと水が溢れ、勢いでこぼれる。じっとしてね、泡が目に入るよ、という言葉をよそに、娘は何度も挑戦する。
注がれたのは、私と夫が好きなコーヒーと、娘の好きなオレンジジュースだった。


私が、つい挟んでしまう小さな否定は、娘が自作自演する夢みたいな映画を、ぶつりと一時停止している。

悲しみ。憤り。落胆。

きっと、誰だってそう。のめり込んで見ている映画を、予想だにしないタイミングでぶつりと止められたら。

ミュージカル映画のクライマックスに流れるテーマ曲を聴いている途中。
戦う二人の間に、恋人が舞い込んで二人を制止した瞬間。
提供ロゴが流れるオープニングで止められたって、なんだか嫌な気持ち。


そんな出来事が、何度も何度も重なって。
いつしか映画を観たくなくなっちゃうに決まっている。



否定的な言葉だけじゃない。

雲が遠くに見えて、空が高くなったみたいだね、なんて話ながら手を繋ぐ。
午前中はすっかり肌寒くなって、長袖に軽いカーデガンを羽織って外に出た。

「あ、朝なのにお月さまが見えるー!」

娘の視線を辿ると、青空に溶け込みそうなほどうっすらとした、白く儚い月の影が見えた。

「お月さま、こんな、こんな感じで、はんぶんこになってるよねぇ」

くねくねと、腕と体で半月を表そうとしていた。
そうだね、はんぶんこだね。

「おひさまと、お月さま、くるんくるんてなるからなんだよねぇ」

両手をグーにして、イヤイヤするように振っている。
少し前に、なんでお月さまはいつも丸じゃないの?と聞かれて、そう答えた。月が地球のまわりを回っていること。太陽の光が反射して、私たちが見る姿を変えていること。わかるかなぁ、と思いつつ伝えた。
その話よく覚えてたね、びっくりしたよ。というと、まっすぐに白い月を見つめながら、娘が呟いた。


「でもさ、ほんとうは、飛行機が飲みこんじゃったんじゃない?」


手を繋いだまま、私の方にくるりと顔を向ける。

「そしてさ、飛行機がはんぶんだけパクッと飲みこんで、そのまま飛行機は飛んでっちゃったんじゃない?」

そうだよね?
そう聞いてくる娘の目は、きらきらと眩しくて、私は目を細める。
眩しい。知らないからこそ、今しか感じることのできない純粋さ。
知ってしまうと、答えありきの最短ルートを、頭が敷いてしまうのだ。娘は、その最短ルートをまだよく知らない。


そうだね、ほんとうは、飛行機が白い月を飲み込んだんだね。

私の答えを聞いて、娘は満足そうに、「そうだね、娘ちゃんもやっぱり、そう思うんだよね」と言って歩き出した。
ぐいぐいと引っ張られながら、うっすらと喜びをまとう背中を見つめる。
娘は、以前、私に月のことをたずねたときに、こう言われたかったのかもしれない。

娘ちゃんは、どう思う?って。



みんな、生まれながらに豊かな想像力を持っている。と思った。
私は、娘の想像を奪ってはいないか。
まるでそこだけ狙って、じわりじわりと、丁寧に削ぎ落とすかのように。

だから、今だけだとしても、刻んでいたい。


ふたりで見た白い月は、飛行機が飲みこんだのだ。



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にわのあさ
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