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まっしろなうわばきを買った話

3歳の娘は今年の4月、幼児園へ進級する。



数日前、まっしろなうわばきを買った。サイズは17.5センチ。
少し早いけれど、慣れるために早めに買っておいてくださいね、と幼児園からアナウンスがあった。今の保育園では、みんな裸足で過ごしている。


うわばきが届くと、娘は飛び跳ねて喜んだ。

「娘ちゃん、おにいさんになるから、うわばき、もう履けるようになるんだ〜」

むっと顔を引き締めて、片足ずつ、靴にねじ込む。
立ち上がると、わぁ、と小さくもらした。
部屋の中で歩いて、こと、こと、と、馴染んでいない足音を聞かせる。
振り返ると、キュッと、高い音が鳴った。
娘は、下を向いてしゃがみこむと、つま先を指ですっと撫でた。

「おにいさんになったら、ようじえんのお部屋の中でも、このうわばきを履くんだからね〜」

にこにこと口の両端をあげながら、愛おしそうにうわばきを見つめている。

うわばきの白がなんだか眩しくて、胸がぎゅっとして、私は目を細めた。



娘は、いつだって大人になりたい。

知り合いの小学生5年生のお姉さんと遊んだ日、娘は小学生の顔になった。
「はあ、ランドセルって、とっても重いんだよね〜」
絵本をたくさん入れたリュックを背負い、くたくたな顔をしてつぶやいた。

赤ちゃんが産まれたという友人に会いに行った。
「赤ちゃん寝てるから、しー、よ」
薄いくちびるにすっと人差し指を添える娘は、きりりとした母親の顔をしていた。

私の誕生日に年齢を伝えると、目を輝かせて言う。
「娘ちゃんは、さんじゅう、…ななさい!だから、かかよりおにいさんだからね〜」
ふふんと鼻息荒くいうけれど、私の年齢よりも大きな数字を考える姿は、とてもあどけない顔をしていた。

童謡”この指ぱぱ”の歌い終わりに、広げた手をじっと見ながら聞く。
「この、いちばんおおきなゆびは、おにいさんゆびだよね?」
そうだよ、と答えると、娘は次の日から自分のことを”おにいさん”と言うようになった。

毎日、精一杯背伸びをしながら生きている。
そして、娘自身が気づかないうちに、手を伸ばして近づいている。

雫が落ちるようにゆっくりと、そして、光が駆け抜けるよりもはやく。



人生は道のようだという。
長い長い道の途中で、娘はぴかぴかのまっしろいうわばきを履いた。
その姿が眩しくて、胸がぎゅっとした。

道の先を見て、目を細くした。
道を振り返って、過去を懐かしく思った。

これを”節目”というのだろう。



「ととにも、はやく見せてあげたいよね〜」

立ち上がって、小さく跳ねる。キュッと音が鳴る。
進級したらおめでとうだね、お花でも買いに行こうか。
振り返った娘が、えー!と肩をすくめる。

「娘ちゃん、お花だーいすき!お花屋さんで買うの?」

そうだよ。
かかと、ととと、娘ちゃん、1本ずつ好きなお花を買って飾ろうか。

「1本ずつだから、えっと、…3つも?やったー!」

ツーステップを踏む娘の白い足元から、またキュッと軽快な音が鳴った。


お花屋さんで、私はきっと、白い花を選ぶ。
このうわばきと同じ、まっしろな花を。

白くて、小さくて、夫や娘が選んだ花を包めるような、かすみ草もいい。
娘が、お花なの?と言いそうな、ふわふわした白いコットンもいい。
春だから、白いチューリップがあるかもしれない。

娘の白いうわばきは、まだ見ぬ白い花とともに、私を4月の春先へと誘う。




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