歴史的:イスラエル人選手がACLのためサウジでプレイ―
ACL(AFCチャンピオンズリーグ)では、日本はアジアの東地区になり決勝でしか当たらないので、あまり取り上げられないかと思いますが、昨日(22日)ACL西地区のプレーオフが行われました。そして、クリスティアーノ・ロナウド擁するアル・ナスル(サウジアラビア)が勝利し、ACL本選出場を決めました。
もちろんニュースとしては、「ロナウド所属のアル・ナスルが、アジアトップを決める大会に出場」という取り上げ方が普通なのですが、イスラエルではこのプレーオフをあるイスラエル人選手という角度から取り上げていました。
UAEにアラブ系イスラエル人FWが所属
この試合はアル・ナスルが4対2で勝利したのですが、敗れたUAEのシャバーブ・アル・アハリ・ドバイのプレーヤーとして、アラブ系イスラエル人のFWモアネス・ダブール選手(写真下)がプレイしていたのです。
ダブール選手は2014年からヨーロッパでのキャリアを重ねており、ここ3シーズンはブンデスリーガのホッフェンハイムでプレイ。イスラエル代表としても40試合で15ゴールと活躍、イスラエルを代表するストライカーとなりました。
そんな彼が2023-24シーズンに新天地として選んだのが、UAEドバイの強豪であるシャバーブ・アル・アハリ。
2020年のアブラハム合意(UAEとの平和条約)直後から、イスラエル人選手がUAEリーグへ移籍という流れはあり、ダブール選手は初めてのイスラエル人選手ではありません(4人目)。
しかし①初のイスラエル人トップ選手のUAE行きであること、また②「欧州5大リーグから中東へ」というトレンドが欧州で活躍する自国選手にも、ということでニュースになっていました。
ヨーロッパの選手であれば文化・宗教・言語の違いがありますが、特にアラブ系イスラエル人の選手にとってはその壁がないので、順応が早いというメリットがあるのかも知れません。
アラブ系イスラエル人であることから問題が…
しかしダブール選手には、また違った『大きな障害』が待っていました。
それは、他のアラブ諸国のクラブとの対戦です。私たちからすると、
イスラエル国籍を持っているが、
アラブしかもパレスチナ人なんだし、
何が問題?
といった感じですが、彼の長年に渡るイスラエル代表歴から、アラブ世界から「シオニスト(との協力者)」と非難もされているのです。
例えば、1週間前の15日にはACLプレーオフの第1戦目があり、シャバーブ・アル・アハリはヨルダンのアル・ワフダートと対戦しました。
ヨルダンは国家としてはイスラエルと国交正常化していますが、人口の約3割がパレスチナ人であることもあって、世論は完全に反イスラエル。
そしてこのアル・ワフダートというサッカークラブは、アンマンにあるアル・ワフダート・パレスチナ難民キャンプ内でできたという背景から、『パレスチナのクラブ』なのです。
対戦前は、アル・ワフダートのファンや選手たちからボイコットを求める声が上がり、クラブ上層部もACLへの2年間の出場停止という罰を受けてもボイコットすることを示唆するなど、アラブ世界ではSNSを中心に大きな話題となっていました。
結局クラブはシャバーブ・アル・アハリとの対戦に臨む発表をしたのですが、クラブオーナーは地元テレビに出演し、
と弁明。
また発表直後には同クラブの役員6名が、発表に対する抗議として辞任しました。
実際の試合の方は大きな問題なく行われ、ダブール選手も1得点をあげるなどシャバーブ・アル・アハリが、3対0で勝利。
試合後にはアル・ワフダートの選手1人が、ダブール選手に歩み寄り握手する様子も見られました(写真下)。
サウジ入国は問題なくスムーズに
そしていよいよ本選出場をかけたプレーオフ第2戦では、ダブール選手擁するシャバーブ・アル・アハリ(UAE)はロナウドをはじめヨーロッパのスター選手たちが所属するサウジのアル・ナスルと対戦しました。
ここでもダブール選手を巡って、1つの問題が。
それは、サウジアラビアと国交のないイスラエルの国籍を持つダブール選手の、リヤド入りが認められるのかという点でした。
しかし同クラブの選手がリヤド到着後、笑顔のダブール選手の写真をインスタにアップするなど、入国はスムーズにいったよう(写真上)。
翌日の前日練習、そして22日夜の試合でも反対や抗議運動などは全く見られなかったようです。
試合は4-2で敗れはしたものの、アル・アハリの全得点をアシストするなど、ダブール選手は大活躍を見せてくれました。
まとめ・雑感
この1週間の2試合、ピッチ外の外野が色々とうるさかったのですが1ゴール・2アシストと結果で黙らせたダブール選手。
しかしこの1週間は、アラブ世界におけるアラブ系イスラエル人アスリートの複雑な状況を物語ることとなりました。
UAEやサウジアラビアなど新しい方向に進むことを望むアラブ諸国では、問題なく受け入れられている一方、親パレスチナ色の強い/保守・伝統的な場所では「イスラエルの国旗を背負って1試合でも戦えばシオニストであり、敵方」という考えが、未だ根強いということです。
ダブール選手は2021年、イスラエル国内で起こっていたアラブ人による暴動を擁護するような発言をインスタグラムで行い(写真上)、大きな批判を浴びました。
その結果ユダヤ系の代表選手たちから「同じピッチに立ちたくない」という声が上がり、その後の代表戦でブーイングを浴び続け、その直後に代表引退を発表しました。
そんなパレスチナ人としてのアイデンティティーが強い彼であっても、保守的なアラブ人にとってはやはり「シオニスト/敵」なのです。
しかし、イスラエル国籍である彼がUAEリーグで主力として活躍し、ACLやアラブのカップ戦でイスラエルと国交のない国のクラブと対戦していることは、(上記のように)アラブ世界における新しい風を感じさせる、希望でもあります。
アラブ系イスラエル人の彼が湾岸諸国との試合でどんどんプレイすることによって、「イスラエル人選手と同じピッチに立つこと」が当たり前となり、いずれはよりハードルの高い、ユダヤ系イスラエル人選手がアラブ世界のリーグ・カップ戦で活躍する日も来るかも知れないからです。
筆者はモアネス・ダブール選手の例の投稿や、彼の政治的立場には賛成しかねます。
しかし10年間近く、欧州リーグで最も活躍するイスラエル人選手としてイスラエルのサッカーを支えた、彼のキャリアは素晴らしいもの。そして奇しくも代表を引退した後も、UAEやその他アラブ諸国において『イスラエル』を代表しているようにも思います。
そういった意味で彼にはピッチ内でより一層活躍してもらい、イスラエルとアラブ世界の架け橋となってもらえればと思い、期待しています。
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