見出し画像

本棚の住人たち。

この前、年末以来の本のまとめ買いをした。22冊のうち16冊は、今一番恋い焦がれている向田邦子さんの本ばかり。少しずつ読んでいるが、読めば読むほど好きになる。

ふと本棚をみて、何人かの好きな作家のことを想った。

最初に好きになった作家は、アメリカのクライブ・カッスラー。
確か中学生の時に本屋さんで偶然目にして手に取って買った『QD弾頭を回収せよ』が、始まりだった。それ以降、既刊済の本をまず買い、新刊の出版とあわせて買うようになった。カッスラーの本のジャンルは何か、と訊かれると難しい。それは、いろいろな要素が複雑に絡み合っていくから。ただ、いつからか買わなくなった。新刊が出るのをワクワクそわそわして、待つことがなくなった。

次は、柴田錬三郎の時代小説。
小学生の頃から歴史が好きで、小学生の部活は歴史部だった。柴錬のストーリーは、わかりやすい。影あるヒーロー(主役)と悲しいヒロインを中心に、最後はいつも悲しく切なく余韻だけが残る終わり方をする。ヒーローのような生き方に憧れ、ヒロインのような人と出会えたらと思ってもいた。

他にも歴史作家の本や三国志などの歴史に関する本を読んだ。特に、源義経が大好きで関連する本を読む中で井沢元彦さんを知り、高橋克彦さんの歴史ミステリー小説を何冊も読んだ。特に東北三部作(実際は四部作)は、心震える本で、どれも愛読書だ。

三十代後半から経営大学院に通い、ビジネス関連の特に経済や経営の本を読むようになった。ドラッカーや宇沢弘文の経営思想家の本を読むようになった。今までは思想と聞くと、構えていたが、経営思想家の理想とする新しい社会像にふれて、大きく感化されてしまった。
そういえば、先日ある人たちとの初対面で、宇沢さんの名前をふと私が出してお互い共感し合えたのは不思議な感覚だった。

いろいろなビジネスに関連する本ばかり読みながら、哲学や心理学に幸せ・豊かさに関する本などを読んでいた時に、若松英輔さんに出会った。
若松さんの本を読みたかったのではなく、池田晶子さんのことが知りたくて彼女について書かれた本を探していた時に、『池田晶子 不滅の哲学』を手にした。
それ以来、若松さんの本の中で出会った女性作家(池田晶子、神谷美恵子、志村ふくみ、須賀敦子など)や思想家(井筒俊彦、小林秀雄、岡潔、鈴木大拙など)の本を読むようになった。中でも志村ふくみさんの言葉が好きで、全冊読もうと思っている。志村ふくみさんの姿をみたくて(拝みたくて)、京都にあるふくみさんのお店に一回だけ行った。会えなかったけれど。

全冊読もうと思った時に出会ったのが、向田邦子さんだ。「向田邦子さんに恋している」でも想いを綴ったぐらい、惹かれ恋をした。自分でも意外だったけれど、運命だと勝手に思い込んでいる。好きになるのにはタイミングがある。このタイミングでなかったら、恐らく見向きもしなかったと思う。そう、機は熟したといえるだろう。何の機かは、よくわからないが。

向田邦子さんの文章のリズムが何よりも、心地よい。ただそれだけではない。彼女の文章に惹かれた理由が、ジェームス三木さんが『お茶をどうぞ 向田邦子対談集』の中で、「向田脚本は連立方程式?」(P131より)で語っていたことだった。薄々は感じていたことを三木さんが文字にしてくれて、霧がはれた。霧がはれた世界は、無限に拓かれた景色だった。

そう、彼女の文章には、どこか数学的な美しさがある。散文的な文章が書き連ねられて、方程式の答えのタイトルにどのように辿るのかを愉しみながら読んでいる自分が、いつもいる。わくわくの好奇心で、心が満ち溢れている。最後には、すべてが見事につながって、答えの絶妙なタイトルへと。

向田邦子さんも言っているし、彼女をよく知る人も言っているが、台本などの締切ぎりぎり、時には遅れて出すらしい。きっと、猛烈な瞬発力で、颯爽というよりも疾風的、いや爆走的な勢いで言葉が溢れて出ていくんだと思う。ただ溢れるだけでなく、全体を見事につなげる言葉の妙が、羨ましく、悔しく、憧れる。だから、恋したのかもしれない。

今まで挙げてきた作家の特徴が、向田邦子さんはすべて持っている気がする。すごく圧縮されて濃くなった飲み物が口からこぼれているにも関わらず、飲み続けているように思う時がある。いや、違う。
真夏に喉が渇いて飲み物を求めてひたすら歩き続けた時に飲んだ、ただの蛇口からの水なのに驚く美味しさが、彼女の文章にはある。濁りも苦味も匂いもしない。純粋にまっすぐで透き通った水。ただ、登場人物に濁りも苦味も匂いも陰りもあるから、文章の美しさが際立つのかもしれない。
その水を生み出すために、何かを削っていたかのようにも思う。それがかえって、彼女を美しくしているのかもしれない。

本棚の住人たちを感じることが、今の幸せな一時かもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?