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マルチバースから ごめんねを、君に。ーPrologueー

前田 じあん


〔マモナク コウソクイドウ ヲ カイシ シマス. 〕


 虹は慌てて操縦席へ座り、安全バーとベルトで体を固定した。
「あぁもう! 朝ごはん食べ始めたばっかなのに!」
 文句をこぼす口に食べかけのゼリーを詰め込み、目の前のモニターを操作する。次の目的地は記憶のつなぎ目-Joinove-。位置情報を確認すると、虹はモニタグラスをオンにし
「それじゃ、さくっと行きますか。」
 そう言って左の口角を僅かに上げてみせた。頬張ったゼリーをごくりと飲み干し、指を絡めた両手を前へぐいっと突き出すと、光速切り替えレバーを目一杯押し倒す。彼女の乗り込んだ宇宙船・記憶探査艇Verseは、猛スピードで目的地を目指した。

「ねぇ、Uni。惑星巡るのってこれで何箇所目だっけ?」
 虹は宇宙船に組み込まれたAIに向かって話しかける。
 彼女は今、記憶探査艇Verseと共に記憶間を旅している。ある日目を覚ますと、彼女の体は既に船内にあった。自分が誰なのか? 何処から来たのか? その全ての記憶を失った状態で、たった一人船内に置き去りにされていたのだ。今置かれている状況を把握しようと辺りを見渡すと、突然誰かが話しかけてきた。
〔ヨウヤク メ ヲ サマシマシタ ネ.   〕
 声のする方へ視線を向けても人の姿はない。
〔オドロクノモ ムリ ハ アリマセン. ナニセ ナガイコト イシキ ヲ ウシナッテイマシタ カラ. 〕
 姿のない声の発信源へ近づいてゆくと、電源の入ったモニターに声の波長を示す波線が表示されていることに気づく。モニターにそっと手を触れ、耳を澄ました。
「其処にいるの?」
 恐る恐る声をかけると、モニターの波長が動き出す。
〔ワタシ ハ Uni. ナクシタキオク ヲ サガス オテツダイ ヲ スルコトガ ワタシ ノ ヤクメ デス. 〕
「失くした記憶……」
 その言葉がちくりと彼女の心を刺激した。何も覚えていない筈なのに、何故だか思い出さなくてはならない大切な記憶のように思えた。それに此処にいる理由も知りたかった。そうして彼女とUniの記憶探しの旅は始まったのだ。
 Uniと会話を重ねてわかったことは、次の3つだ。

◆名前は門星 虹(かどぼし なないろ)。32歳。
◆ある出来事がきっかけで記憶を失い、1ヶ月ほど意識を失っていた。
◆失くした記憶を取り戻す為、記憶の欠片を探し出すというミッションが課せられている。

 そして今までに幾つかの記憶の欠片を集め終わり、次の目的地へ向かっている所だった。
〔ツギ ノ ワクセイ デ 4ツメ デス. 〕
 彼女たちが目指す惑星-Joinove-までは、光速でもあと数時間はかかる。虹はこれまでに集めてきた記憶の欠片を整理しておこうと思った。
「Uni、旅の記録を出してくれる?」
 Uniは彼女の指示通り、モニターに今までの旅の記録一覧を表示した。虹はここまでの旅の成果を見ながら、懐かしくも切ない感情を抱いた。記憶の欠片を見つけても、未だにそれらが自分の身に起こっていた出来事なのかどうか信じ難い。実感はないにしても、自分の足でその場へ向かい、自分の目で確かめてきた記憶に変わりはない。だからこそ、どこか他人事の記憶にさえ感情が揺れるのだった。

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