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ハーバードの抗老化研究: 我々は不老不死までどれくらい遠いのか



原文記事 (2018/06/03公開): 
https://mp.weixin.qq.com/s/eTH4Yb9CiusSh-V2sqbR1w 
完全版: https://zhubo.blog/2018/06/03/专访哈佛抗衰老研究:我们离长生不老还有多远/  ) 


秦の時代、人々の間にはある言い伝えがあった: “長生不老”の術を身につけた”仙人”が東の海にある蓬莱、方丈、瀛洲の東方三神山に暮らしている。秦始皇帝の時代に、徐福と名乗る人物がいて、その人物は自分の目で山に居る仙人と、山にある仙薬を見たことがあると言った。日夜長生不老の薬を渇望していた始皇帝は方士の一人韓終を遣わせ、”800もの男の子、女の子”を率いて仙人を探しに行かせ、不老の薬を持ってくるよう命じた。

蓬莱への道のりはいかんせん長く、未だに長生不老の薬を持って帰ってくることはない….

*本記事は13の図を含みます。
*この文章を読むことで、あなたは読み始めと比べて寿命が約12分減少します。

本文はHarvard大学、David Sinclair研究室の博士学生Yuancheng Luの取材に基づく。David Sinclairは2014年Times誌の世界で最も影響力のある100人に選ばれていて、実験室設立から20年弱で、科学会の三大雑誌CNS(Cell / Nature / Science)に、抗老化研究に関する論文を18本も出している。今年(2018)年の3月、Sinclair研究室はまた新たに、老いた動物にNAD前駆体を投与することで血管を若返らせ、持久力を有意に上昇させられるという内容をCellに発表した。Yuanchengはその論文著者の一人。*1
(本文中の「」は基本的にYuancheng氏の発言を指します。)


# 蒙药心脑方*a - 人々の老化に対する古い理解

老化そして抗老化*bの話をすると、多くの人が脳内で思い描くのは以下のような光景かもしれない

(*中国の故事の、不老不死の薬のイメージ)

あるいは

(*中国で虚偽広告の"薬"として話題になった"心脑方"のCM例)


長生不老(不老不死)の薬 — 遡ること秦の時代から現在に至るまで、人類は長寿を追い求めるその歩みを止めることは一度もなかった。人類の科学と生命に対する理解は数千年発達してきたのに、いわゆる長生不老の薬は未だ見つかっていない。一方で、”不老不死”などと標語を抱える製品は次から次へと出現する。あふれんばかりの誇大広告、虚偽広告は人々を惑わせ、人々の命に対する渇望を浪費させ、社会の科学に対する信用を失わせてしまう

「我々が最も心が傷むのが、老化研究の実際が人々に理解されないことである」 インタビューの一番初めに、Yuancheng氏は我々にそう語った。

実は、現代医学が確立してから1~200年の間に、どの時代の科学者も寿命の極限に挑む研究を諦めたことは一度たりともない。

この分野の研究の現状はいったいいかなるものなのか。人類が寿命をさらに伸ばすことは理論上可能なのか。そして実際のところ我々は長生不老という目標からはどれくらいの距離にいるのか。



# 老化とはなにか


この問いに答えるには、まず老化という概念を新たに理解し直す必要がある。我々全員がいずれは老化に直面することになる。しかし皮肉なことに、我々のほとんどは老化の生物学的意味を少ししか理解していない。ある個体の寿命を定義するのは簡単だが、一方で老化度合いというものの定量的定義はなかなかに曖昧である。

「一人一人の人間の老化の過程にはあれやこれやと様々な表現が見られる。それぞれ似てはいるがそれぞれ少しずつ異なるため、研究するとなるとなかなか複雑である*2」比較的馴染みのある老化に関連する表現をまとめると: 毛細血管の現象、体重現象、皮膚の質の低下、そして一連の神経疾患、代謝疾患の併発 などなど…

さらにやっかいなのは、老化研究の実験の周期はかなり長いという点だ。もし老化の程度の指標になるような代表的な何か一つのものを見つけたとすれば、実験にかかる周期を大幅に短縮することができる。いろいろな薬に関して、直接その何かを測定するだけで、その薬の老化に対する効果を測定したことになるからだ。「近年科学界で少しずつ認知されてきている、DNAメチル化時計(DNA methylation clock)*3と、衰弱指数(frailty index)*4は我々が比較的好んで使う老化の定量的指標である。個体が衰老すればするほどに、これらの数値は両方高くなる。」

図: 誰もが老化の道を避けては通れない。 (PC: Marina Guimarães)


Yuancheng氏は特に強調したのは、老化を理解するためには、個体ごとの違い以外にも、全身性がより重要であるということだった。「すべての老化に関連する疾病の共通点は、年齢が上がるにつれて発病リスクが上がるということだ。例えるなら洪水のように、防波堤を作ってその場をしのいだと思っても、どこかが一箇所が決壊すると、体の中でもその他のすべての機能が影響を受け始める。何か一つの疾病に対して正確に治療を施したとしても、結局他の種々の疾病により防波堤は壊される、これこそが老化の”短板効果*c”だ」
「しかし逆に考えれば、もし我々がこの全身の老化の過程を予防することができれば、それは間接的にかなり多くの疾病の発生を一度に予防できているこということになる。」 Yuancheng氏は我々の厳しい表情に気づいたようで、そうフォローした。


# 現代科学における老化観



1930年代、米国Cornel大学の生物学者Clive McCay氏*5は、栄養不良にならないレベルで実験室でのマウスのカロリー摂取量を抑える(要は節食)と、マウスの寿命を有意にのばせるということに気づいた。30%のカロリー制限(Calorie Restriction, CR)で50%も平均寿命と最大寿命を延ばすことに成功した。人間でいえば、平均して40年も長く生きられるということになる。

節食でなんと老化を抑えられる、この概念のシンプルさは、にわかには信じがたい。そうしてカロリー制限と寿命の関連は一度は疑問の声の中に埋もれてしまった。

図: カロリー制限の研究は現代の衰老研究の基礎となったが、同時に小さくない論争を引き起こした。


「議論の核心は、似たような寿命をのばす方法がより高等な哺乳類でも同様に存在するかどうかということだ。このカロリー制限によるポジティブな影響が、どの程度人類の寿命をのばすのにも利用できるかという点だ。」霊長類の生命周期はげっ歯類であるマウスと比べてだいぶ長く、十分な数の霊長類で寿命を調べる実験をし、さらに他の要素の寄与をできるだけ抑えるのは、確かに簡単ではなさそうだ。

気の遠くなる実験周期は、それでも、人々の探求を止めはしなかった。何代もの科学者のたゆまない努力を経て、Wisconsin 大学のRicki J. Colmanたちがついに2009年に初めて、カロリー制限がアカゲザル(猿)の寿命を延ばし、心疾患などの疾病のリスクを下げることができるという発表をした*6。

CRの条件下では、通常ではすでに老年に当たるサルでも、依然生き生きとしていて、しっかり歩き、通常の実験条件下のサルより有意に差があった。Science誌に論文が発表されたその日まで、この実験は粛々と20年以上行われていた。 (すごい)

年老いてよぼよぼになったコントロール群の個体(左)と、比較的元気なCR群の個体(右)。この猿たちの年齢は27.6歳



今年には人類に対する研究結果として、2年間にわたりカロリー摂取を15%抑えたグループにおいて、体内のガンや糖尿病の発症率と正の相関を持つ酸化ストレスのレベルが一般より低いということが示された*7。もちろん、これらの結果だけでCR論争が完全に集結したわけではないが、シンプルな仮説を支持する結果であることは間違いなく、より多くの研究者がこの研究分野に足を踏み入れるのに貢献したのは確かである*8。

「腹7分目が長寿につながる、というのはいいが、当然グルメの誘惑に勝てないこともあるだろう。」というわけでここ2~30年、科学者はカロリー制限時に作用する遺伝子パスウェイ(経路)を研究している。「これらのパスウェイを理解し、さらにターゲットに特異的に作用する薬剤を見つければ、実際には飲食の量を控えていない状況でも、カロリー制限をしている時の効果を再現し、寿命を延ばせるかもしれない。この方向での研究はすでにかなり発展してきている。」



# 老化は治療可能な疾病の一つである

「我々の実験室は長きにわたりSirtuinsタンパク質ファミリーに集中していた。これは、このタンパク質ファミリーの一つであるSIRT1をなくすと、カロリー制限をしても寿命が伸びなくなってしまうということが知られているからである。つまり、SIRT1はこのカロリー制限による長寿化プロセスにおいて必須である。逆に、マウスの大脳の中でSIRT1を過発現させると、マウスの寿命をのばすことができる。*12,13。つまりある程度SIRT1が十分条件であると言ってもいい。」
David Sinclairの研究室は2003年に赤ぶどうの皮に豊富に含まれるresveratrolという物質がSIRT1を活性化させられることに気づいた*14。高脂質食を与えられたマウスにresveratolと機能が類似した物質(SRT1720)を与えると、その寿命を10%~40%延ばせる*15,16。臨床研究により、resveratrolは糖尿病患者の病態改善に役立つことも示されている*17。

残念なのは、通常の食事をしているマウスに対しては、平均寿命を8%~22%増やせはする*18,19が、実際のカロリー制限ほどには効果が大きくないということだ。

「近年我々が蓄積してきた数々のデータは、すべてある解釈に通じている。簡単に言うと、resveratrolなどの物質はSIRT1を加速させる加速器のようなイメージで、そのスピードを上昇させる。しかし年齢の上昇とともに、体では他の方面であるものが不足する。それが、SIRT1の燃料そのもの、NAD+だ。」

NAD+は細胞の代謝において重要な中間産物の一つであり、SIRT1が機能を発揮するのに必須な基質でもある。2013年にSinclair研究室がCellで発表した論文で、NAD+の存在量は動物体内で中年時には若年時の半分になってしまうことを示した*22。燃料自体が不足していると、加速器がいくらたくさんあっても意味がないというわけだ。

図: resveratrol(白藜芦醇)、NAD+とSIRT1は、加速器、燃料、車の関係。(Yuancheng氏提供. オリジナル素材は VectorStock.comより)


2013年のCellの論文では、Sinclair研究室は、22ヶ月の老いたマウスにNAD+の前駆体であるNMNを与えると、皮膚中の糸粒体の機能が6ヶ月時のレベルにまで引き戻されることを示した。人類でいうと、60~70歳が20~30歳になるようなものだ。

2017年、研究室はScienceの論文で、老いたマウスにNMNを投与すると、マウスが化学物質や放射線によるDNA損傷を防ぐのに役に立ち、DNA修復酵素の活性が若いマウスのレベルにまで戻ることを示した*23。この研究を評価して、NASAもDavid氏と共同研究し、将来宇宙飛行士が宇宙線にによるDNA損傷を防ぐのを目指しているという*24。

「今年の我々のCellに発表した論文では、SIRT1の機能低下は筋肉の血管の老化の主要な原因であり、それが老いたマウスでの持久力低下につながることを示した。そしてNMNを投与することでNAD+のレベルを上げることで、老いたマウスの走行可能距離を56%~80%増加させることに成功した*1。」

図: Sinclair labの多くの研究が抗老化の分野でランドマークとなっていて、David本人も、老化研究のための研究費を確保し社会的に意義を浸透させる活動の最前線に立ち続けている


さらに注目すべきは、他の研究グループが2016年に、老いたマウスに、NAD+のまた別の前駆体であるNRを投与した場合にも確かに寿命が延びることを示した点だ。「6週間だけの投与でも、老いたマウスの平均寿命を3%のばすことができた。これでNAD+が、ただマウスをランナーズハイにさせる興奮剤ではないことがはっきり示された。*25」

NAD+に関する研究は一気に萌芽し、すでに抗老化研究の主流アプローチとなりつつある。米国と日本ではNAD+前駆体に関連する臨床試験がすでに展開されていて、人体での安全性が検証されている*9。

「近年では科学者は、異なるパスウェイが互いに相互作用をするということを理解しつつある。多数の薬剤を組み合わせて異なるパスウェイを同時にターゲットするのも、これからは重要な探求領域になってくるだろう」と言い、Yuancheng氏は続けて「これは最近流行りの老化細胞除去療法*26、血液交換療法*27、細胞枯渇療法*28などでも共通して見られる現象だ。」と語った。


# 社会として必要な新しい知識


「 Merck Manualsによれば、もしある体の悪化の発生率が人口の半分に満たない場合、それを疾病と呼び、半分を超えると、衰老(老化)と呼ぶ。衰老は意義が大きく先行きが明るい研究領域であり、発生率が高いが故に応用範囲も広い。」

我々が顔色の変わるほど恐れるガンの例で言えば、もし仮に人類が明日ガンを完全に撲滅したとして、人類の平均寿命は2年程度しかのびないと言われている*29。なぜなら他に血管系の疾患や、肺炎、痴呆症など、老化に関連する他の病気のリスクが多くあり、それらが人類一人一人を脅かすからである。

図: 意気揚々と研究室を紹介するYuancheng氏



「抗老化の研究は最も人類の幸福に貢献できる分野だ」社会は抗老化に関する研究を必要としているが、その需要を満たすという意味では研究費用は足りていない。

毎年米国国立衛生研究所(NIH)は約300億(RMB)の科研基金を分配していて、そのうち11億米ドル程度が抗老化に関連する研究に配分されている。これは全体の4%にも満たず、ガン研究の1/5程度しかない*30。「民間からのサポートも似たような状況だ。大手製薬会社はFDAからの批准が得られそうもない臨床試験に投資をしたいとは思っていない。こうした実験は多くの種類の疾患でリターンを得られる可能性がかなりあるにも関わらず。」

「老化は一種の病気であり、発生率が極めて高く、症状が多岐にわたり進行速度が遅い病気だ。」Sinclair研究室が継続して力を入れてきたことの一つが、科学界と政界にこの見方を受け入れてもらうことである。

「もしこの観点が理解されれば、抗老化研究で得られた分子は雑多な健康グッズから決別して、一種のになれる。」そうすれば、関連する薬剤の研究開発は更に厳密に評価され、同時に、より多くの人々に利用されることで、リターンが増え、更に多くの研究資金を投資することができる、という具合にいい循環が生まれる。

「実は、もし抗老化薬が薬と認められ研究開発が進めば、最大の薬物市場を持つことになる — 人類は全員が糖尿病或いはガンにかかるわけではないが、全員が老化するのだから。」

図: 初めてFDAの認可を受けて臨床研究に進んだ抗老化薬Metformin (everydayhealth.comより)


同時に、老化の全身性から、抗老化薬の研究は多種の疾病の予防につながり、それ故に伝統的な薬と比べてよりリターンが大きい — 「これは民間資本を集める一つの要素になりうる」

目下、FDAが臨床試験を批准した一つの抗老化薬Metforminは、すでに糖尿病の治療に長く使われている*31。「これは一つのいい例だ。抗老化薬は一般に老化のプロセスを抑えるため、例えば糖尿病のように多くの老化と相関する疾病に対してポジティブな効果が得られる可能性がある。」


# もし我々があと20年長く生きられたら


人間の寿命の延長が人類社会に対してもたらす倫理的な影響について聞かれると、Yuancheng氏は、その質問は常々受けるという表情をした。
もし全員の寿命が20年延びたら、社会資源の分配の不平等化につながるだろうか? 貧しい人に比べて富裕層が、発展途上国に比べて先進国が、より大きな生存機会を持つということにならないだろうか?

「私たち抗老化研究者は、寿命を延ばすことだけでなく、老化のプロセスの開始を遅らせることをむしろ意識している。こうすれば単純に寿命を延ばすだけでなく健康寿命をのばせる。」

興味深い現象の一つが、最も長寿な人たちは、(健康状態から外れてから)亡くなるまでの相対的な時間は比較的短い、すなわち当人の幸福および、医療や保険などへの負担は比較的小さいという点。 一方その他の大多数の人たちは終末が近づくにあたり生活の質は低下し、数多くの医療保障を必要とする。
「もし我々の祖父や祖母が90歳になっても健康に走ったり、運動することさえできたとしたら、生活面、経済面でも、我々が得られるものは薬に投資するコストをはるかに超えるだろう。」
「また、もし疾病の発生を遅らせることができれば、人々は自身の退職年齢に対してより広い選択肢を持つことができ、社会的に見ても価値が大きい。」

図: 今年(2018年)2月、Davidの抗老化研究はTime誌の表紙を飾った



「二つ目の問題(格差が広がるか、の問い)に関しては、まず我々は、そもそもこうした格差は現状で広く存在しているということを認識すべきだろう。」確かにStatistaの統計によれば、先進国と途上国での平均寿命の差は15年ほどにもなる*32。
「しかし我々に解決方法がないわけではない」
David教授が設立に協力した会社はみな、全世界に向けて抗老化薬を提供することを承諾している。こうした薬物の生産コストは法外に高いわけではない。実際には研究開発のコストがほとんどだ。毎日需要があるような薬に関しては将来的にはコストが1ドル未満になるかもしれない。そうすれば抗生物質やワクチンと同様に、多くの人に届けられる。

Davidは以前インタビューで一つの解決案を述べた — ある国が最初に衰老を一種の病気と認定して、抗老化薬の臨床試験を許可したとしたら、その国の国民のために、会社にはより多くの投資が集中するはずだ*33。
「こうすれば双方にモチベーションがありWin-Winになる」*dとYuancheng氏は最後に結んだ。


# 終わりに — “世界がもっと良くなってほしい”

Yancheng氏はインタビューの中で「考えてみてほしい、もし自分の仕事が本当に人類の寿命の延長につながり、生活の質を上げ、億千の家庭で四代、五代もの人が一堂に会することができたら、その素晴らしさは物質的な利益を余裕で超えるでしょう。」と語った。

図: Time誌が世界で最も影響力のある100人に選んだ David Sinclair氏。現在50歳。


また、David Sinclair氏はこのインタビューの際に語った: 「I love doing science, the rest of it is just to make the world a better place to live.」

我々も、彼に成功してほしいと思わずにはいられなかった。


編集: @yoyo,@熊
Special Thanks: 柒先生
日本語訳: 王 青波

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補足資料 (詳細の気になる人向け)

# カロリー制限に関連するパスウェイの詳細

我々の今日の理解では、カロリー制限中に影響を受ける主なパスウェイは、以下の4つ。

1) NAD+により活性化されるSirtuinsタンパク質ファミリー
2) AMPにより活性化されるAMPKタンパク質
3) アミノ酸の欠乏により抑制されるmTOR
4) インスリンレベルの低下により抑制されるInsulin/IGF-1パスウェイ

図: カロリー制限に関連する主なパスウェイ

例として、AMPKの活性化に関連するMetformin、そしてTORを抑制できるRapamycinは、マウス実験でそれぞれ平均寿命を5%、12%伸ばす効果があると知られている*10,11。しかし、Metforminの投与量が高すぎると逆に寿命は減るし、Rapamycinにも免疫反応を抑制するという副作用が存在する。

# resveratrolをめぐる論争の歴史

2010年前後で、resveratolをめぐる研究は一度強烈な疑問の目を向けられた。これは、2003年の論文が、蛍光標識を有するSIRT1によりスクリーニングされたresveratolを使用していたからである。そして実際に蛍光標識を除去した後、resveratolはSIRT1の反応を活性化させることができず、これによりresveratolが直接SIRT1に作用しているのかどうかが怪しいと思われた(後付けの蛍光標識に作用しているだけでは?と疑問の声を向けられた)*20。

Sinclair研究室では2013年に発表したScienceでの論文での反応を受けて、体内で天然に存在するSIRT1が疎水アミノ酸残基を持つこと、および蛍光標識の構造が疎水アミノ酸残基のそれに類似することを示し、これによりようやく蛍光標識を除去したことよる結果の違いを説明した (特定箇所に疎水アミノ酸残基を持たないSIRT1を使用した実験では活性が失われる) *21。

さらに重要なことに、SIRT1のE230位にあるアミノ酸は、resveratolとその類似物の直接のターゲット部位であり、この部位に変異が入ると、SIRT1は反応はするが、resveratolなどの活性剤により活性化されることがなくなってしまう*21。この事実が以前からの疑問点にうまく答えた(特定箇所=E230位)。resveratolと、それに昨日の類似する物質に関して現在53もの臨床試験が進んでおり、うち16つがphase3まで進んでいる。

# 編集者による個人的感想 (by @熊bb)

個人的には、”人は皆衰老する”というのは正確だが、”衰老は最も治療の必要な病である”というのは不正確に思う。

ある“病”の普遍性は決して、その治療に対する投資を増加させる唯一の原因ではない。もし例えばある生物(?)が何かの原因で二次元平面でしか活動できなくなり、その生物種誰もが三次元空間の存在を認識できないとなったとして (要はアリのような状況)、”二次元平面しか見えない”というのは病といえるだろうか? 個人的にはNOだと思う。もし”腹筋が割れていない”というのを一種の病と定義するなら、それに対応する製品も大儲けすることになる。腹筋が割れていない人が世の中の大多数なのだから。

少し考えてみると、この問題に対し科学研究が目指すべき方向は二つあるように思う:

1) 明確な衰老の定義
シンプルかつ雑に寿命を以って定義するだけでは不完全であり、衰老を定義するためには総合的に生理的/心理的指標を考慮しなければいけない。また、個人的には時間の進みを単位として定義するといいと思う — 心肺機能、認知能力が本人が25歳の時と比べてXX%にまで低下したときに、それを衰老と定義する、という具合に。いかなる方法を用いるとしても、衰老の定義は各種の指標の科学的な記述に強く依存することになる。

2) 衰老が人類の”幸福感”を大きく低下させることについて説明すること。これは一見自明なことのように思えるが個人的には詳細な説明が必要とされるように思う

癌は確かに全員がかかるわけではないが、癌にかかることは基本的に絶対的に苦しいことである。TAたちが毎日人生を楽しんでいる中、自分だけが化学療法/免疫療法に頼り、病床に伏すのは、確かに苦しい。しかし一方で、”周りの友人や家族が自分とともに少しずつ老いて、元気に遊んでいた時代から杖をつきなんとか歩く時代まで共に経験する”というのもまた、独特に価値のある体験と言えるのではないか。

個人的には後者のケースは癌のケースと比べて苦しいとは言えないように思う。さらに、”抗老化”の問題の局所的な解決/部分的で不平等な解決は、人々により大きな苦しみをもたらすことになりかねない — 自分の身体は健康なのに、身近な人が少しずつ老化していき、自分との差が大きくなっていくのを見届けることは、二つの世界に身を置くことを彷彿とさせる。


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*a 中国で虚偽広告で話題になった偽薬の名称 https://baike.baidu.com/item/蒙药心脑方/22079149?noadapt=1
*b 原文は”衰老”であり、老化とニュアンスが厳密には違うかもしれないが、より馴染みのある表現ということで老化 を本文では基本的に使用する。
*c ベストな訳見つからず木桶に短い板を使ってるとそこから水が漏れだすことから、どれか一箇所でもやられたらやばい、的な意味のよう。https://zhidao.baidu.com/question/150925646
*d 意訳。不正確な可能性あり


参考資料:

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Cover image credit: Sinclair lab and artist Kevin Krull