ロシア語一日一善(259)

レフ・トルストイ編著 八島雅彦訳注 東洋書店から

Неправда, чтобы война против чужеземца была священа; неправда, чтобы земля алкала крови. Земля просит у неба воды своих рек и чистой росы его облаков, а не крови. Война проклята богом и даже теми людьми, которые в ней участвуют.
Альфред де Виньи

чтобы 以下は、неправда (真実でないこと)の内容を導く。священа ‹ святить で、「清めの儀式を行う」だが、「異国人に対する戦争」が「清めの儀式を行うことではない」とはどう言うことか。もう少し分析する必要がある。単に「行う」というだけでいいのかもしれない。алка́ть は「渇望する」つまり「大地が血に飢えているというのは正しくない」Земля просит у неба воды своих рек и чистой росы его облаков, а не крови просить у кого что  で「生格に対格を求める」небо は「天」だが、雲や雨などを生む物理的なものなのか、それとも地上と対置される「天国」という意味も多少滲んでいる。天に望むものが、воды своих рек и чистой росы его облаков で、«своих» は「大地の」を指すが、его は  небо を指すか。となると、его облаков は「天の雲」つまり「空に浮かんでいる雲」と解釈するのが妥当か。生格が並んでいるので、分かりづらいが、
               своих рек  
воды          и                  
               чистой росы его облаков
という構造になっている。望んでいるものは、「(幾分の分量を持った)水」で、どこに属する水かと言えば、「大地の川」と「空の雲からできる清らかな露」чистой росы と его облаков の関係は「製品と原料」だと思うのだが、どうだろか。生格にこうした機能があるとみなしていいものだろうか。勝手な根拠という感じが否めない。日本語で「雲の露」というとき「雲が生み出した露」という意味にならないか。「大地が望んでいるのは、天に自らの川の水とその雲が生んだ露であって、血ではない」

Война проклята богом и даже теми людьми, которые в ней участвуют. проклята は「呪われている」何によってかが、造格で示される。бог 「神」と、теми людьми, которые в ней участвуют 「戦争に参加している人々によって」

試訳
異郷のものに対して戦争は神聖である、というのは正しくない。大地は血に飢えている、というのは間違いなのだ。大地は天にその川の水と空が生む雲の汚れのない露を欲しているのであって、血ではない。戦争は神と、あまつさえそこに加わる人々によって呪われている。
アルフレッド・ド・ヴィニー



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