いつになったら成れるのか分かんないから苦しい4月11日の話

合法的に引きこもる、言い訳して。
私は来月を殺した、たぶん死んだ。

別に誰かに東京に住むことを命じられている訳ではないけれど、
ココにいる意味が分からなくなり、
じゃあ離れればって、言わないで。

"ルーティン的な日常を送る事ができない"コンプレックスを抱えたまま過ごす。
ここに文章を書きながら、違う事を考えてる。
私の頭の中は指先に翻弄されるこんな画面なんかに書き記せるような事じゃない。
夜の道しか歩けないし、誰かを殺しそうになったり、堕ちたり、ホウレンソウは出来ないし、見たくないメッセージは画面の明かりを最も暗くして細目で確認したのち都合が悪かったら消してしまうし、ずっと眠いし寝てたいし。

小学生の声が聞こえる朝の7時45分辺りと、幼稚園生がお散歩している11時付近は、
外、を痛感して消えたくなる
今から規則的な時間を過ごし且つ段階的に勉学に励み将来の選択肢を増やすであろう自分の腰位の背丈の人間を見て消したくなる
行き過ぎた妬みや嫉妬は矛先を変える ?
わたしはジブンにしか向かないけれど
人は誰しも、みたいな慰めなんか要らないし、私はそんな凡じゃない。
でももしそんな薄っぺらな凡で居れたら きっと心臓はこんなに痛くなったりしなかった。毎晩「疲労回復!」を謳う"錠剤"と"清涼飲料水"を大量に摂取する日常を送る事だってなかった。

いつから斜めにしか物事を見れなくなったのか。幼稚園で「先生と遊ぶこと」が恥ずかしかったアノ日からきっとそう。

どんどん不細工になっていく、
今(ほんとに、今、now、この瞬間)が人生でいちばん若いはずなのに。
こうやって老いて、死んでく。

映画「青の炎」に出てきたボイスレコーダー、
アレを手に入れて何もかもを吹き込めば、
生きてた証を残せるのか。
その行為に意味は有るのかは分からないけれど。
自転車のハンドルを右に切る勇気が欲しい

あややには、なれないし。

今日だって普通にも特別にも生きれなかった、
明日はきっと?

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