(連続小説)『欠勤』(プロローグ)
『でもね。日はまた昇るというでしょう?お金や地位だけじゃなくて、それよりも大事な美しさを貴方は持ってる。それはね…』
鈴木はそこまで目を通すと、しおりを挟んでパタリと閉じ、自分の腕一本分ほど離れたところに平積みになっているビジネス本や資格書の山の頂上にさらに重ねた。
彼はそれをじっと見つめるが、部屋の暗さと裸眼の弱視が相まって、ほとんど何の山かは彼には分からなかった。
分かろうともしなかったのだろう。
緩み切った筋肉を動かして、すっかり綿の抜けた布団の上で仰向けになると、彼は部屋の天井で所在なさげに佇んでいる電灯を見上げた。
光を抜かれた電灯は部屋の中の薄暗い闇に包まれてしまって、本来の機能を失ってしまっている。
点けてる間はイヤに眩しいくせに、消した途端に出鼻を挫かれた子供みたいに縮こまってやがる。
少し得意気な表現を思いついて自分ではにかむ。
だけど、そんなシニカルな文句に笑う奴なんてここには1人もいないのだ。
体をひねり込んで、枕元のアイフォンを手に取ると、スクリーンには数時間前にかかってきた着信の履歴がズラリと並んでおり、彼のくぐもった表情に無機質な光を浴びせた。
不在着信、不在着信、不在着信。
連なり続けるスクリーンの文字。
この四字の熟語がどこまで続いてるのか、興味本位でスクロールしようとした矢先。
携帯がもう一度震え始めた。
その震えは彼の掌から腕をつたい、彼自身を揺さぶるような感覚を伝える。
彼の胸は急激に高鳴り始め、離れようとしていた事実を正面から受け止めることを強要されているみたいだった。
携帯のバイブは相手の怒りを触媒に強まるのだろうか。
そんな馬鹿げた考えも今では信憑性を帯びている。
そんな振動にだんだんと彼の心は耐えきれなくなり、彼は反射的に携帯を布団に叩きつけた。
もう一度仰向けになって、彼はつぶやく。
日が昇らないことが怖いんじゃない。
日が昇ることが今は怖いんだ。
ふざけた言い訳に我ながら笑おうと思ったが、ピクリとも頬は動かなかった。
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